KADOKAWA Technology Review
×
【本日最終日!!】年間サブスク20%オフのお得な【春割】実施中
絶滅種のDNAを現代に蘇らせる研究、その短くて奇妙な歴史
Stephanie Arnett/MIT Technology Review | Adobe Stock
The short, strange history of gene de-extinction

絶滅種のDNAを現代に蘇らせる研究、その短くて奇妙な歴史

絶滅種のDNA情報を現存する種へ移す研究が注目されている。こうした研究は、2004年に実施されたインフルエンザウイルスの遺伝子の再現に端を発しているようだが、すべての研究者が賛同しているわけではない。 by Antonio Regalado2025.03.11

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

ふさふさの毛で覆われたマウスである「ケナガマウス」に関する興味深いニュースが発表された。ケナガマウスは、将来、ケナガマンモスを復活させる方法を探る実験の一環として生み出されたものだ。

絶滅種の復活というアイデアが、古代のデオキシリボ核酸(DNA)の配列解析が進歩したおかげで注目されている。科学者たちは近年、絶滅した巨大な鳥類「ドードー」や1万人以上の先史時代の人類、そして紀元前2000年頃に絶滅した冷凍マンモスの死骸から遺伝子情報を得てきた。

このような古代の遺伝子のデータから、先史時代の人類間の交流が明らかになるなど、過去に対する知見が深まっている。そして、研究者たちはますます野心的になっている。単に古代のDNAを読み取るだけでなく、それを生物に挿入して利用しようとしているのだ。

ケナガマウスを生み出したバイオテクノロジー企業であるコロッサル・バイオサイエンシズ(Colossal Biosciences)は、それが同社の計画だと語っている。最終的な目標は、マンモスのDNAを使ってゾウの遺伝子を操作し、絶滅したマンモスに似た動物を作り出すことだ。

もちろん、まだ道のりは長い。コロッサル・バイオサイエンシズが作り出したケナガマウスには、マウスを毛むくじゃら、または長毛にすることが以前から知られているいくつかの遺伝子変更が加えられている。つまり、ケナガマウスの遺伝子変更はマンモスに似ているが、マンモス由来ではないということだ。実際、ケナガマウスに加えられたマンモス特有のDNAは1文字のみである。

絶滅したDNAを生物に追加するアイデアは非常に新しく、非常に注目されているため、これまでの試みをまとめることは有益であろう。このテクノロジーには名前がまだないので、「クロノジェニックス(chronogenics)」と名付けよう。

保護活動で遺伝子テクノロジーを活用している組織、リバイブ&リストア(Revive & Restore)の主任科学者であるベン・ノヴァックによると、現時点ではクロノジェニックスの事例は非常に少ないという。ノヴァックは過去の事例を探し出すのを手伝ってくれた。私はまた、マンモスプロジェクトを最初に思いついたハーバード大学の遺伝学者ジョージ・チャーチ教授と、コロッサル・バイオサイエンシズの主任科学者ベス・シャピロからもアイデアを得た。

クロノジェニックスは2004年に始まったようだ。その年、米国の科学者チームは、1918年に発生した致死的なインフルエンザウイルスを部分的に再現し、マウスに感染させたと発表した。長い探索の末、同チームはアラスカで凍結埋葬されていた遺体からインフルエンザウイルスのサンプルを回収した。遺体はタイムカプセルのように細菌を保存していた。最終的に同チームは1918年のウイルスに含まれる8つの遺伝子すべてを再現し、それがマウスに致死的な影響を及ぼすことを発見した。

この研究は、遺伝子の脱絶滅というアイデアに警鐘を鳴らすきっかけとなった。1982年の米国SFホラー映画『遊星からの物体X(原題:The Thing)』などからわかるように、氷の中から凍った生物を掘り出すのはまずいアイデアだ。多くの科学者は、3000万人の命を奪った1918年のインフルエンザを復活させることは、ウイルスが漏れ出して新たな流行を引き起こすという不要なリスクを生み出すと感じていた。

ウイルスは生物とはみなされていない。しかし、それからわずか数年後の2008年に、動物を使った最初のクロノジェニックスが実施された。オーストラリアの研究者アンドリュー・パスクとマリリン・レンフリーが、エタノールの入った瓶に保存されていたタスマニアタイガー(フクロオオカミ)から遺伝子データを収集したのだ(この肉食有袋類の最後の1頭は、1936年にオーストラリア・タスマニア州にあるホバート動物園で死んだ)。

その後、この2人はタスマニアタイガーのDNAの短い断片をマウスに追加し、それが別の遺伝子の働きを制御できることを示した。これは、ある意味では、遺伝子機能を調べるためにごく日常的に実施されている研究の1つに過ぎなかった。科学者はしばしば、マウスのDNAを変更し、何が起こるかを確認する。

ここでの違いは、2人が絶滅した遺伝子を研究していた点だ。絶滅遺伝子は、これまでに存在した遺伝的多様性の99%を占めると2人は推定している。彼らはこのDNAの採取元について、宗教的とも言える表現を使って説明している。

「絶滅した種の遺伝情報は復活させることができます」と2人は記している。「そうすることで、私たちはこの絶滅した哺乳類のゲノムの断片の遺伝的可能性を復活させたのです」。

この研究が、2016年に本誌が注目し、絶滅した遺伝子を利用する最初の商業的取り組みだと私が考えている研究につながる。合成生物学企業であるギンコ・バイオワークス(Gingko Bioworks)は、マウイ島の溶岩原で20世紀初頭まで生育していた花など、最近絶滅した花の標本を植物標本館のアーカイブで探し始めた。そして、同社はその花の香りの分子の元となる遺伝子のいくつかの分離に成功した。

このプロジェクトを率いたギンコ・バイオワークスの元クリエイティブ・マーケティング担当上級副社長クリスティーナ・アガパキスは、「実際に遺伝子を酵母菌株に挿入し、分子を測定しました」と語っている。しかし最終的には、同社は「嗅覚アーティスト」と協力し、市販の香料を使ってその香りを模倣した。つまり、結果として出来上がって販売している香水は、絶滅した遺伝子を実際の原料としてではなく、「インスピレーション」として使用している。

これは、ケナガマウスのプロジェクトと少し似ている。一部の科学者は、コロッサル・バイオサイエンシズがゾウのクロノエンジニアリングを始めたとしても、マンモスの外観と行動を真に再現するために必要な何千ものDNAをすべて変更することはできないだろうと述べている。それどころか、「絶滅した生物の粗雑な近似物」にしかならないだろうと言う科学者もいる。

アガパキス元副社長は、過去の遺伝子の取得についてあまり文字通りに考えすぎない方が良いと語る。「アート作品として、絶滅した花がさまざまな人々に、自然との深いつながりや、永遠に失われたものに対する悲しみと喪失、そして未来における自然とのさまざまな関係への希望を感じさせるのを目にしてきました。つまり、ここには非常に強力で詩的な倫理的および社会的要素があります。ケナガマウスや、より広い意味での自然との関わり合いを欲する需要が存在すると思います」。

このほかに、クロノジェニックスに関する既知の取り組みはほんの数例しか見つからなかった。最後に紹介しよう。2023年に日本の研究チームが、ネアンデルタール人に見られる変異体の1つをマウスに加え、それがマウスの解剖学的構造にどのような変化をもたらすかを研究した。また、コペンハーゲンのカールスバーグ研究所の研究チームは、論文として出版されていない研究で、グリーンランドの塚から回収された200万年前のDNAをふるい分け、大麦に遺伝子変異を加えたと発表している。

光受容体の遺伝子に加えた変更により、大麦は北極圏の極端に長い夏の昼と冬の夜に耐性を持つようになるかもしれない。

MITテクノロジーレビューの関連記事

細胞の寿命が尽きるまでに、遺伝子編集を何回実施できるか?ゾウをマンモスに変えたいなら、その答えが重要になる。2019年、ある科学者チームは1つの細胞で1万3000回以上の遺伝子編集という記録を打ち立てた。

本誌では以前、古代のDNAを大麦で複製したデンマークのプロジェクトを取り上げた。これは、高緯度で栽培できるように作物を適応させる計画の一部であり、世界が温暖化している中で役立つツールである。

先史時代の動物についてさらに詳しく学ぶために、一部の古生物学者は、飛んだり、泳いだり、這ったりするロボットモデルを作っている。詳しくは、シー・エン・キムによるMITテクノロジーレビューの記事を読んでほしい

1994年に超長毛のマウスを作る方法を発見したのは、ジャン・ヘベールという研究者だ。2024年に本誌は、脳を代替組織に「徐々に」置き換えることで若さを保つというヘベールのアイデアを紹介した。

遺伝子工学の予期せぬ結果をお探しだろうか? ジャーナリストのダグラス・メインは2024年に、遺伝子組み換え作物の使用が除草剤に耐性のある雑草の進化を引き起こしたと報告した。


医学・生物工学関連の注目ニュース

  • 現在、英国は体外受精(IVF)で使うドナー精子の半分を輸入している。ドナーの「不足」が報告されており、それが原因となって、精子はグラム当たりで「キャビアの王様」と言われるベルーガキャビアよりも高価になっている。(フィナンシャル・タイムズ紙
  • 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の起源に関する科学的調査を主導した米国連邦捜査局(FBI)捜査官のジェイソン・バナンが、パンデミック(世界的な流行)が中国の研究室での事故によって始まったと考える理由について語っている。バニティ・フェア
  • オーストラリアの企業であるコーティカル・ラボ(Cortical Labs)が、「世界初の商用バイオコンピューター」と称するものを発表した。この装置は、シリコンチップと何千もの人間のニューロンを組み合わせたものである。(ボーイング・ボーイング
  • トランプ政権は、ジェンダー・アイデンティティに焦点を当てた医学研究助成金を打ち切ろうとしている。そのような研究は「しばしば非科学的」であり、「生物学的現実」を無視しているというのだ。研究者たちは研究を続けることを明言した。(インサイド・メディシン
  • 米上院は、スタンフォード大学のジェイ・バッタチャリア医師を米国立衛生研究所(NIH)の所長に任命するための承認公聴会を開催した。同研究所は毎年約480億ドルの研究費を拠出している。バッタチャリア医師は、新型コロナウイルス感染症のパンデミック中にロックダウンに反対したことで注目された。(NPR
  • フランシス・コリンズ博士が米国立衛生研究所を退職した。広く称賛されているこの遺伝学者は、2021年まで12年間、同研究所の所長を務め、それ以前はヒトゲノム計画で重要な役割を果たした。 また、キャリア初期に嚢胞性線維症の原因となる遺伝子を特定した。(ニューヨーク・タイムズ紙
人気の記事ランキング
  1. AI companions are the final stage of digital addiction, and lawmakers are taking aim SNS超える中毒性、「AIコンパニオン」に安全対策求める声
  2. Here’s why we need to start thinking of AI as “normal” AIは「普通」の技術、プリンストン大のつまらない提言の背景
アントニオ・レガラード [Antonio Regalado]米国版 生物医学担当上級編集者
MITテクノロジーレビューの生物医学担当上級編集者。テクノロジーが医学と生物学の研究をどう変化させるのか、追いかけている。2011年7月にMIT テクノロジーレビューに参画する以前は、ブラジル・サンパウロを拠点に、科学やテクノロジー、ラテンアメリカ政治について、サイエンス(Science)誌などで執筆。2000年から2009年にかけては、ウォール・ストリート・ジャーナル紙で科学記者を務め、後半は海外特派員を務めた。
▼Promotion
年間購読料 春割20%off
MITTRが選んだ 世界を変える10大技術 2025年版

本当に長期的に重要となるものは何か?これは、毎年このリストを作成する際に私たちが取り組む問いである。未来を完全に見通すことはできないが、これらの技術が今後何十年にもわたって世界に大きな影響を与えると私たちは予測している。

特集ページへ
日本発「世界を変える」U35イノベーター

MITテクノロジーレビューが20年以上にわたって開催しているグローバル・アワード「Innovators Under 35 」。世界的な課題解決に取り組み、向こう数十年間の未来を形作る若きイノベーターの発掘を目的とするアワードの日本版の最新情報を発信する。

特集ページへ
フォローしてください重要なテクノロジーとイノベーションのニュースをSNSやメールで受け取る