KADOKAWA Technology Review
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コロナ禍での山火事、停電 
カリフォルニア州は
「終わった」のか?
James Temple
In defense of California

コロナ禍での山火事、停電 
カリフォルニア州は
「終わった」のか?

カリフォルニア州は現在、新型コロナウイルスのパンデミックも収まらないうちに、大規模な停電や山火事をはじめとする、地球温暖化が引き起こす深刻な問題に直面している。カリフォルニア州は終わったと書き立てるメディアもあるが、そうは思わない。 by James Temple2020.09.10

大学を卒業して約1年後のことだった。私はほとんど見知らぬ人と料金を分け合ってレンタルしたバンに自分の持ち物を詰め込んで、オハイオ州の自宅を出発した。そして、州間高速道路70号線をサンフランシスコ方面へとハンドルを切った。

当時、私は特にカリフォルニア州に惹かれていたというわけではなかった。ただ、保守的で、同質的で、宗教的すぎて自分の好みに合わない州から逃れたいがために選んだだけだった。それから、冬にもうんざりしていた。

だが、そんな気持ちもすぐに変わった。カリフォルニアの海岸線を探索したり、シエラのトレイルをハイキングしたり、ヨセミテの花崗岩の壁を仰ぎ見たり、ここで行きつ戻りつしたように感じたという人に出会ったりすればするほど、自分で冗談めかして「改宗者のような熱情」と呼べるような態度をこの州に対して持つようになった。あのレンタルバンでここに到着してから20年以上経ったが、この忠誠心は今では他の人がカリフォルニア州を攻撃した際にお決まりのようにこの州を擁護する態度として現れるようになった。

そんなわけだから、自分が第2の故郷と心に決めた州が、この地域の歴史において最大級に致命的かつ壊滅的な火災シーズンを経験しているのを見るのは痛惜に堪えない。それに、コメンテーターたちがこの悲劇や火災防止目的の計画停電に飛びついたように、州の破滅だとか州からの大量脱出が起こるとか宣言するのを見て、腹ただしさも感じている。

ヨセミテ国立公園のハーフドーム。

こうした認識が一般に広がり、「科学的に見て、カリフォルニア州は居住不可能になりつつある」とか「カリフォルニア州は崩壊した州である。なぜそうだと言えるのか? 州民が大挙してアリゾナ州に移住しているからだ」といった、とんでもない見出しまで生まれている(くだらなすぎるため、リンクは差し控える)。

そんな私であるが、今年もまた停電や火災が始まる中で、そうした意見に対する反応が以前ほどすばやくなく、憤慨の度合いも低くなったことは認めざるを得ない。

8月に、州の主要送電業者が一連の輪番停電を実施した。カリフォルニア州では約20年ぶりの予定外の計画停電となる。何百万台というエアコンが猛烈な熱波に追いつこうとフル回転したのが原因だった。

同じ週に、数百もの小さな落雷によって雷火が起こり、それがすぐに大火災となって数百ヘクタールにも広がった。この火災により10万人以上の住民が家からの避難を余儀なくされ、危険なまでに高レベルの粒子状物質が北カリフォルニアの空を覆った。今年に入ってからこれまでに、カリフォルニア州では火災によって何千という家屋が破壊され、8人が亡くなっている。

もちろん、2020年がこれまでと違うのは、他にも多くの損失が出ていることだ。

快適な環境を楽しむことができず、密集するレストランやバー、美術館、コンサート会場がすべて空っぽで、そして友達が近くに居ようが3つのタイムゾーンを超えた距離に居ようがズーム(ZOOM)でしか話をできないのであれば、世界で最もお金がかかる地域の1つに住むことのメリットが明確には分からなくなる。

今年は特に、煙を避けて家の中に閉じ込もることについて、例年より大きく犠牲を強いられているように感じている。すでにパンデミックのせいで、小さなバークレーのアパートを脱出してオフィスやコーヒーショップやジムに出かけることができなくなった。それから、今度は火事で屋外に出ることすらできなくなった。過去数週間、犬の散歩に適したタイミングや、屋外に出てハイキングやランニングができるかどうかなどについて、大気環境の測定値を見て決めるようにしている。

家の外に出られないという不便など、近年大変沢山の人が家を失ったり、愛する人を亡くしたり、命を落としたりする中では、取るに足りない問題だといえる。だが、このせいで、意気消沈するような疲労感がさらに増すことになる。今年はすでにいろいろな意味で忍耐ギリギリのところまで来ているのだから。そしてこれにより、私の近所の人々を含むほとんどのカリフォルニア住民が受け入れて暮らしている火災の危険性が増大することにもなる。気候変動の加速、原生自然環境保全地域の境界ギリギリまで迫る開発、そして柔軟性にかける森林管理慣行のすべてが、カリフォルニア州内そして米国西部の大部分で、壊滅的な山火事の危険性を増大させ続けている。

留まるべきか、去るべきか

そんなわけで、数週間前、同僚との電話の最中に、私はとうとう大声で尋ねていた。これは持続可能か? 企業はここに留まることができるか? 自分はどうだろう?と。

だが、そう考え始めてまもなく、同じように2つの質問に突き当たった。

1つ目は、他にどこに行けばいいのかという質問だ。今この時点で、ずっと安全だと感じさせてくれるのはどこだろうか?

コロラド州も大規模な火災に見舞われている。テキサス州とルイジアナ州沿岸はハリケーンに襲われたばかりだが、その後で熱波にも襲われた。何人かの親戚が住む場所を提供してくれたが、その親戚が住んでいるのは赤い州(日本版注:共和党を支持する傾向がある州)か激戦州ばかりで、そんな州では食料品店に足を踏み入れることすら恐れなければいけないだろう。マスクを着用することを誇らしげに拒否する人たちでいっぱいだからだ。他の国について考えたとしても、わが国の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染率を考えると、米国人を歓迎してくれるような国は少ないだろう。ドナルド・トランプ米大統領が外国人嫌悪を煽って権力を握ったことを考えると、最大級にダークな皮肉だといえるが。

シエラネバダ山脈にある約4000メートルのバナーピーク山。

2つ目の質問は、世界中で気候変動によって引き起こされる問題が頻発するようになり、激化する中で、重複する諸問題に対処できる地域として、他にどんな地域を信頼できるだろうかというものだ。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックに対するカリフォルニア州の対応がどうだったかを考えてみよう。

米国で感染者第1号が報告された3月上旬の暮らしは恐怖に満ちたものだった。しかし、私は安心し、時には誇りに思いながら、州や地方のリーダーたちが迅速かつ決定的な措置を講じているのを見守っていた。公衆衛生の専門家の助言に耳を傾けた指導層は、すぐに企業を閉鎖し、自宅待機令を制定し、検査能力や接触追跡能力を増大させた。

間違いがあったのも確かだ。地域や企業によっては、再開があまりに早すぎたところもあったし、閉鎖があまりに長引いたところもあった。それでもカリフォルニア州には少なくとも、専門知識は重要で、意思決定はデータと科学に基づいて下されるべきであり、情報や知識に基づいた公共政策が問題解決につながるという基本的な信念がある。また、民主党が超多数派であるおかげで、実体法が可決されることもある。このことは、一連の気候規制により、カリフォルニア州ではクリーンなエネルギー源の組み合わせが一層推進されていることからも明らかだ。

始まりにすぎない

右翼のコメンテーターたちは、あらゆる機会を利用してカリフォルニア州を攻撃しようとする。主な理由は、カリフォルニア州が失敗しているからではなく、成功しているからなのだ。カリフォルニア州は、比較的高い税金や進歩的な価値観を受け入れても経済の成長を勢いよく牽引するエンジンを築けるということを示す明るく輝かしい例なのだ。つまり、右翼にとっては、保守的な世界観を傷つける許しがたい州なのである。

ベイエリアに対する最も公正な批評は、不合理な住宅費に関するものだ。これは非常に現実的で深刻な問題だが、実際にはカリフォルニア州の魅力を浮き彫りにしている。

確かに、カリフォルニア州を去った人や企業もある。そして確かに現在、いつもより多くの人や企業が他州へ移転しようとしている。パンデミックによるしわ寄せを考慮した結果でもあるし、突然多くの人々がどこからでも仕事をすることができるようになったという事情も大きい。しかし、世界レベルの大学、テック企業群、目をみはるような自然の美しさ、左寄りの政治、そして多様な人口構成が、何十年間も、世界中から貢献意欲に溢れた聡明な知性をこの地に惹きつけてきた。そしてそれは、今後も変わることはないだろう。

パンデミックもいつかは収束を迎えることになる。都市生活の根本的な魅力は何ものによっても弱められていない。この国の素晴らしい都市のいくつかは死んでしまったという、時期尚早の追悼記事が何を言おうと、次にやって来た人々が、また新たなビジネスを生み出すことになる。

カリフォルニア州が抱える課題の深さや複雑さを軽視するわけではない。ここで火災の危険を大幅に低減するには、以前に書いたように、政策や慣行を大幅に変更する必要がある。電力サービスを逐次停止する必要なしにそれをすべて実行するには、州の時代遅れの配電および送電システムをオーバーホールする必要があるが、これには何年も、何十億ドルもかかるかもしれない。そして、増大するばかりの問題の大半に有意義に対処するためには、州は最終的には自らの根本的な無能さに向き合う必要がある。その上で、妥当な時間内に住宅やインフラを承認し、構築することだ。

それでも私は、少なくともこの州のテクノクラシー指向のプロフェッショナルなリーダーたちにある程度の信頼を置いている。そして、地球の温暖化がさらに進んだときに直面するであろう、その他の課題にも誠実に取り組んでくれるだろうと信じている。いろいろな形で、取り組みはすでに始まっている

今後数年のうちに、一部の地域は本当に居住不可能になってしまうだろう。気温が急上昇して海面が上昇するからだ。だが地球温暖化によって引き起こされた困難の最初の兆候が表れたのを見て移住すべきだと考える人にとっては、残念なお知らせをしなければならない。これはほんの始まりに過ぎず、気候変動があなたの町にも襲ってくる可能性は大変高いのだ。

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MITテクノロジーレビュー[米国版]のエネルギー担当上級編集者です。特に再生可能エネルギーと気候変動に対処するテクノロジーの取材に取り組んでいます。前職ではバージ(The Verge)の上級ディレクターを務めており、それ以前はリコード(Recode)の編集長代理、サンフランシスコ・クロニクル紙のコラムニストでした。エネルギーや気候変動の記事を書いていないときは、よく犬の散歩かカリフォルニアの景色をビデオ撮影しています。
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