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新型コロナ診断を早く安く 「抗原検査」で検査数不足は解消なるか
Claus Bech/Ritzau Scanpix via AP
Antigen testing could be a faster, cheaper way to diagnose covid-19

新型コロナ診断を早く安く 「抗原検査」で検査数不足は解消なるか

新型コロナウイルスの検査にはPCR検査が一般的だが、検査キットや人材などの不足により検査数が絶対的に不足している。迅速かつ容易に感染の有無を調べられる抗原検査が開発されれば、検査数不足の問題を急速に解決できるかもしれない。 by Neel V. Patel2020.04.28

米国での新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の検査数は、いまだ十分と言える状況にはない。最新の指針では、経済を安全に再開させるには毎日2000万人以上を検査する必要があると示されているのに、現在の検査数は1日約15万人に過ぎない。検査数を増やすには、従来の方式を超えた、まったく新しいタイプの検査が必要かもしれない。

新型コロナウイルス感染症の検査では、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)検査が最も一般的だ。PCR検査では、綿棒で鼻腔から採取した検体に含まれる遺伝物質を数百万倍から数十億倍に増幅して、新型コロナウイルス感染症の感染を示すマーカーを検出しやすくする。ウイルスのRNAはそのままでは小さすぎて見つけにくいが、コピーをたくさん作れば見つけるのが容易になる。PCR検査は完璧ではないが、現時点で使えるウイルス検査のなかではもっとも正確とされている。だが残念なことに、検査を実施するには時間や手間がかかり、訓練を受けた人員が必要であるという難点がある。PCR検査を本当に必要な数まで拡大するのが難しいのはこのためだ。

4月17日、ホワイトハウスの新型コロナウイルス対策調整官であるデボラ・バークスは、「1日3億人を検査したり、職場や学校へ行く人を全員検査したりするだけのPCR検査能力を確保することは不可能です。でも、抗原検査であれば可能かもしれません」とコメントした。

抗原検査とは何だろうか。PCR検査はウイルスの遺伝物質があるかどうかを探し、抗体検査は人間が持つウイルスへの抗体を検出する。一方、抗原検査は、感染のマーカーとして、ウイルス表面のタンパク質の断片を検出する(抗原は免疫反応を引き起こす病原体の一部である)。これらのタンパク質は通常、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の表面の突起(スパイク)に存在し、それだけで検出できるだけの大きさがあるため、新しいコピーを作成する時間や手間を必要としない。

抗原が検出できれば、高価な機械や訓練、労力がなくても、感染しているかどうかが数分で診断できる。理論的には、信頼できる抗原検査があれば、検査規模を容易に拡大でき、自宅や診療現場で使えるようになる。米国が元通りの生活を取り戻すために、まさに必要な検査と言えるだろう。

しかし、抗原検査を作ることは容易ではない。ウイルスの生物学や構造を理解し、どのウイルスタンパク質を探すべきかを判断しなければならないからだ。感染が初めて確認されてからほぼ4カ月が経過し、新型コロナウイルスがどのように振舞うかについて十分な知識が得られた今、抗原検査はようやく現実味を帯び始めたところだ。

抗原検査はPCR検査と目的が似ており、いずれも新型コロナウイルス感染症の新規感染を診断するのに適している。これに対し、抗体検査は、その人がすでに感染して回復したかどうかを判定するのにより適している。しかし、PCR検査は時間と手間がかかり、訓練を受けた人材が必要になるという制約があり、経過観察のため何度も検査をするうえでの障害となっている。マサチューセッツ工科大学(MIT)とハーバード大学医学部に所属するリー・ガーキー教授は、PCR検査の結果が出るまでには何日もかかり、時間を追って感染の進行を追跡できないと指摘する。新型コロナウイルス感染症の陰性と診断された患者が「次の日には陽性で重症になることもあり得ます。新型コロナウイルス感染症は、時々そのようなふるまいを見せるのです」(ガーキー教授)。

より迅速に診断できるPCR検査も登場している。アボット・ラボラトリーズ(Abbott Laboratories)による最新の機械は、PCRベースの検査を13分以内に処理できる。だが、こうした機械はまだ数が限られており、必要な試薬の品質も十分ではない。さらに、実施するには多大な手間を必要とし、訓練も受けなければならない。検体を1つずつしか処理できないため、研究室は検査待ちの検体を長時間保存する方法を探す必要がある。

迅速かつ簡単

一方、抗原検査はその場で結果が分かるので、経過観察のための検査を繰り返し実施するのに適している。陰性か陽性かをすぐに知る必要がある場合、例えば患者が大量に押し寄せている病院や、患者が検査場まで行くのが困難な高齢者施設での使用が考えられる。医療関係者が感染したかどうかを診断するのにも向いている。

オラシュア(OraSure)のスティーブ・タン最高経営責任者(CEO)は、「元通りの生活に戻るための第一段階は、自分が人に感染させず、周囲の人も感染力を持っていないことをはっきりさせることです」と話す。同社は年間数百万本のHIV抗原検査を製造し、現在、新型コロナウイルス感染症の検査の開発に取り組んでいる。「検査が滞って多くの犠牲が出ている現状を打開する必要があります。抗原検査は、検査数を増やすという目標を達成するうえで強力な新しいツールになるでしょう」。

ガーキー教授は、ケンブリッジを拠点とするバイオテク企業、E25バイオ(E25Bio)の共同創業者でもある。同社が開発中の新型コロナウイルス感染症の抗原検査は、他の多くの開発途中にある新型コロナウイルス検査と同様、綿棒で鼻腔から検体を採取して溶液に加える。その溶液に、一連の試験紙の先端を浸す。試験紙には、コロナウイルスの抗原に結合するよう特別に設計された人工の抗体が含まれている。試験紙に吸い上げられた溶液に抗原が含まれていれば、試験紙の抗体に結合して視覚的に読み取れるようになっている。すべての処置にかかる時間は30分以下で、特別な機械も訓練も必要ない。

ガーキー教授によると、新型コロナウイルス感染症の検査はデング熱やジカ熱の検査と同じ基盤を使って開発されている。デング熱やジカ熱の検査は正確性が90%から95%だったため、新型コロナウイルス感染症でも同様の正確性が期待できるとしている。また、1回の検査は10ドルほどで済む見込みだという。PCR検査は、その5倍以上はかかる。E25バイオは、製造が始まれば定期的に数百万本の検査キットが製造できると期待する。さらに、検査結果をユーザーからセキュアに収集するアプリを公開する計画もある。それらの情報から、性別や年齢、位置情報などのメタデータを作成し、新型コロナウイルス感染症の感染拡大を追跡する疫学者や公衆衛生専門家が利用できるようにする。

呼吸器系の問題

だが、抗原検査の可能性について懸念を示している人もいる。ピッツバーグ大学医療センターの臨床研究室のアラン・ウェルズ医療部長は、「新型コロナウイルス感染症の抗原検査は状況を大きく変えるかもしれませんが、問題が1つあります。うまくいかない可能性があります」という。

なぜうまくいかないのだろうか。連鎖球菌など細菌性の病気の場合、抗原検査は有効だが、コロナウイルスなどの呼吸器系ウイルスの場合は事情が異なる。呼吸器疾患は呼吸器系で起こるため、検体を鼻腔の奥深くから採取するのが理想的だ。しかし、この部位でのウイルスの存在は人によって異なる。

たとえばインフルエンザの抗原検査の場合、良質な鼻腔用綿棒で正しく検体を採取すれば感度は70~80%だが、それはウイルスの量が通常、成人よりもはるかに多い子どもの場合に限られる。同じインフルエンザ抗原検査を成人に使用した場合、感度は50%以下に落ちる。これは呼吸器系ウイルス全般にわたって観察されていることだ。PCR検査では、ウイルスの遺伝物質を増幅するので、新型コロナウイルス感染症の徴候を簡単に発見できる。だが、抗原検査では、ウイルスのタンパク質を増幅させることはない。検体のなかに抗原を検出するかしないか、どちらかだけだ。

E25バイオやオラシュアといった企業は、他の疾患では有効な検査の開発に成功してきたが、呼吸器系ウイルスについてはまだそこまで至っていない。ウェルズ部長も、検査の実現の障害となっている生物学的・技術的問題が解決されたのかという点を大いに疑問視している。「私の考えが間違っていたらよいと願います。けれど、どちらかに賭けるとしたら、新型コロナウイルスは他のウイルスとそんなに違わないでしょう。新しい生物学でも化学でもありません」(ウェルズ部長)。抗原検査で90%以上の感度を達成したとする研究者グループは、研究室の検体での検査を根拠にしている。現在は実際の患者の検体を使った確認検査待ちだが、こちらは正確性がはるかに下がると思われる。

新しい抗原検査の信頼性が実証されたとしても、PCR検査に完全に置き換わるわけではない。ガーキー教授やタンCEO、その他の専門家も、その点は認めている。しかし、PCR検査やその他の形での検査と合わせて抗原検査を実施することで、現在米国が直面している検査の滞りを打開して、1日2000万件という目標に近づくことは可能だろう。

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MITテクノロジーレビューの宇宙担当記者。地球外で起こっているすべてのことを扱うニュースレター「ジ・エアロック(The Airlock)」の執筆も担当している。MITテクノロジーレビュー入社前は、フリーランスの科学技術ジャーナリストとして、ポピュラー・サイエンス(Popular Science)、デイリー・ビースト(The Daily Beast)、スレート(Slate)、ワイアード(Wired)、ヴァージ(the Verge)などに寄稿。独立前は、インバース(Inverse)の准編集者として、宇宙報道の強化をリードした。
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