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ディープマインド、既知の「ほぼすべて」のタンパク質構造を予測
Ms Tech | AlphaFold
DeepMind has predicted the structure of almost every protein known to science

ディープマインド、既知の「ほぼすべて」のタンパク質構造を予測

アルファベット傘下のAI企業、ディープマインドは、2億種類以上のタンパク質の構造予測データベースを公開した。既知のタンパク質ほぼすべてに相当し、生物学の研究や創薬のプロセスを大きく変える可能性がある。 by Melissa Heikkilä2022.07.29

アルファベット傘下の人工知能(AI)研究企業であるディープマインド(DeepMind)は、同社の「アルファフォールド(AlphaFold)」が、既知のほぼすべてのタンパク質の構造を予測することに成功したと発表した。2億種類以上のタンパク質構造予測データベースを無料で提供する。

ディープマインドが2020年にアルファフォールドを発表したとき、科学界を驚かせた。科学者は、生命に不可欠なタンパク質がどのような構造をしているのかを何十年もかけて解明しようとしてきた。それは生物学における「大きな難問」の1つと考えられていた。タンパク質がどのような形状をしているのか解明することは、それがどのように機能するかを理解するのにきわめて重要だからだ。

ディープマインドは昨年、アルファフォールドのソースコードを公開し、ヒトのほぼすべてのタンパク質を含む100万種類のタンパク質の構造を「アルファフォールド・タンパク質構造データベース」で公開した。 このデータベースは、すでにタンパク質情報の大規模なデータベースを保有している国際的な公的研究機関である欧州分子生物学研究所(EMBL)と共同で構築されたものだ。

今回のデータ公開により、データベースは大幅に強化された。ディープマインドの創業者であり最高経営責任者(CEO)のデミス・ハサビスは今週の記者会見で、このアップデートには「植物、バクテリア、動物、その他とても多くの生物の構造が含まれており、アルファフォールドが持続可能性、燃料、食糧不安、顧みられない病気(Neglected disease)といった重要な問題に影響を与える大きな機会を開く」と語った。

拡張されたデータベースは、科学者にとって重要なリソースとなり、病気の理解をさらに深めるのに役立つだろう。創薬や生物学におけるイノベーションを加速させる可能性もある。

計算生物学を専門とするイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校のジャン・ペン教授(コンピューター科学)は、「アルファフォールドはおそらく、AIコミュニティから科学コミュニティへの最大の貢献です」と語った。

2020年の公開以来、研究者はアルファフォールドを利用して、ミツバチの健康に影響を与えるタンパク質を解明したり、効果的なマラリアワクチンを開発したりといった成果をあげている。

このデータベースによって研究者は「グーグルでキーワード検索するのと同じくらい簡単に」タンパク質の立体構造を調べられる、とハサビスCEOは述べている。

コロンビア大学のシステム生物学者であるモハメッド・アル・クライシ助教授(ディープマインドの研究には関与していない)は、タンパク質の構造予測は非常に時間がかかるため、利用可能な2億種類ものタンパク質の構造を備えたツールがあれば、研究者の時間を大幅に節約できるだろうと述べている。

ペン教授によるとアルファフォールドは、従来の研究成果を再評価し、病気が発生するメカニズムについての理解をさらに深めるのに役立つ可能性もあるという。

一方、アル・クライシ助教授は、多くのタンパク質については、「構造が突然変異や自然の対立遺伝子の変異によってどのように変化するかを解明することが重要で、それはこのデータベースでは対応できません」と話す。同教授は、「もちろんこの分野は急速に発展しています。タンパク質の変異を正確にモデル化するツールがすぐに登場することを期待しています」と付け加えた。

また、ペン教授は、進化に関する情報が少ない希少なタンパク質については、アルファフォールドの予測はそれほど正確ではないかもしれない指摘する。

この動きは、ディープマインドが進めている「デジタル生物学」への取り組みにおける最新の成果であり、「AIと計算手法は、重要な生物学的プロセスの理解とモデル化に役立つもの」 とハサビスCEOは述べている。ハサビスCEOは、ディープマインドと同じくアルファベット傘下のベンチャー企業であるアイソモーフィック・ラボ(Isomorphic Labs)のCEOを兼務しており、創薬向けのAIの開発にも取り組んでいる。

ディープマインドの科学向けAI部門の責任者であるプシュミート・コーリによると、同社は生命科学分野において、タンパク質の挙動や他のタンパク質との相互作用など、まだ取り組みたい課題が山ほどあるという。

ハサビスCEOは、AIが単にタンパク質の構造の解明に役に立つだけでなく、「新しい医薬品や治療法の発見プロセスの重要な部分」になることが夢だと述べている。

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MITテクノロジーレビューの上級記者として、人工知能とそれがどのように社会を変えていくかを取材している。MITテクノロジーレビュー入社以前は『ポリティコ(POLITICO)』でAI政策や政治関連の記事を執筆していた。英エコノミスト誌での勤務、ニュースキャスターとしての経験も持つ。2020年にフォーブス誌の「30 Under 30」(欧州メディア部門)に選出された。
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