KADOKAWA Technology Review
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生命の再定義

10 Breakthrough Technologies 2017: The Cell Atlas 細胞アトラス

人間の体はどんな細胞でできているのか? 約37兆個の細胞ひとつひとつを詳細に解明し、位置に番号を割り当てる「細胞アトラス」プロジェクトが進行中だ。

by Steve Connor 2017.02.23
実現時期
5年後

1665年、ロバート・フックは顕微鏡を覗き込んでコルク片を観察し、そこに、修道院の部屋を思わせるような、小さな並んだ箱を発見した。細胞について初めて記録した科学者のフックが、現代生物学の次の巨大プロジェクトを知ったら驚くだろう。最新のゲノミクス・細胞生物学における最も強力なツールを使い、何百万個もの細胞の様子をひとつひとつとらえ、精査する構想があるのだ。   

プロジェクトの目的は、初の包括的な「細胞アトラス」つまり、人間の細胞の全図を作ることだ。実現すれば、テクノロジー史に残る偉業だ。人体が実際は何でできているのか、総合的な形で初めて明らかになれば、医薬品の探索を加速させるような、生物学における高度な新モデルを科学者に提供してくれるはずだ。

人体にある37.2兆個の細胞をカタログ化するため、米国や英国、スウェーデン、イスラエル、オランダ、日本の科学者による国際コンソーシアムが結成されつつある。コンソーシアムが目指すのは、各細胞に固有の分子署名「細胞固有の遺伝子発現様式」を特定するとともに、各種類の細胞に、私たちの体の中における3次元位置情報を表す郵便番号を割り当てることだ。

「予想通りのこと、存在することがわかっていることも目にするでしょうが、きっと、全く新しいこともわかるはずです」というのは、英国のサンガー研究所の細胞アトラスチーム長、マイク・スタビントンだ。「驚きがあると思います」

細胞アトラス
  1. ブレークスルー 人体にあるあらゆる細胞の種類を集めた総合カタログ
  2. なぜ重要か 人体生理機能の非常に正確なモデルを作ることで、新しい医薬品の発見と試験を加速できる
  3. キー・プレーヤー ブロード研究所、サンガー研究所、チャン・ザッカーバーグ・バイオハブ
  4. 実現時期 5年後

細胞(脳や脊髄を構成する、突起だらけの細長いニューロンから、皮膚にあるねばねばした脂肪細胞まで)を記述しようとした過去の試みからは、細胞の種類は合計で約300種類あると示されている。しかし、実際の数値がもっと大きいことは疑いようがない。たとえば、細胞間の分子的な差異を分析する研究からは、すでに以下のようなことがわかっている。長年の眼球に関する研究をすり抜けて、2種類の新しい網膜細胞(病原体に対する防衛の最前線を担い、1万個の血球細胞中に4個しかない細胞。免疫応答を抑制するとみられるステロイドを特異的に産生する、新発見の免疫細胞)が見つかったのだ。

この新しいタイプのマッピングは、3種類のテクノロジーを組み合わせて実現した。まず「細胞マイクロ流体処理」として知られているテクノロジーだ。個々の細胞を分離し、小さなビーズで印をつけて、ひとつずつ小さな油滴の中で操作する。細胞の入った油滴は、狭い一方通行路を進む自動車のように、超小型チップの上に刻まれた人工の毛細管(キャピラリー)の上を移動していく。こうすることで、細胞が囲いの中に送り込まれ、壊され、ひとつひとつが精査されるのだ。

  • Robert Hooke’s drawing of cork, as seen through a microscope (1665).ロバート・フックによる、顕微鏡を通して見たコルクの絵(1665年)
  • Sperm containing a homunculus (Nicholas Hartsoeker, 1695).
    ホムンクルスを内包した精子(ニコラース・ハルトゼーガー、1695年)。
  • Daguerreotypes of blood from humans, camels, and toads (A. Donné, 1845).
    人間、ラクダ、ヒキガエルから採取した血液の銀板写真(A・ドンネ、1845年)。
  • Plant cells (J. M. Schleiden, 1838).植物細胞(J・M・シュライデン、1838年)。
  • Sketches of animal cells (Theodor Schwann, 1839).
    動物細胞のスケッチ(テオドール・シュワン、1839年)。
  • A nerve (A. von Kolliker, 1852).神経(アルベルト・フォン・ケリカー、1852年)。

もうひとつは、単一細胞内で実際に使われている遺伝子を同定できるテクノロジーだ。非常に速くて効率的な遺伝子シーケンサー内で、細胞ひとつにつき、わずか数セントのコストで解読できる。いまや、ひとりの科学者は、たった1日で1万個の細胞を処理できるのだ。

さらに、各種類の細胞の位置を(遺伝子活性に基づいて)同定できる、新しいラベリング手法と染色手法のテクノロジーがある。人体の器官や組織内の、特定の郵便番号のエリアにいる細胞の位置がわかるようになった。

細胞アトラスをバックアップしているのは、英国のサンガー研究所や米国のマサチューセッツ工科大学(MIT)とハーバード大学傘下のブロード研究所、フェイスブックのマーク・ザッカーバーグCEOが出資するカリフォルニア州の新会社バイオハブなどの大型の科学研究組織だ。9月、ザッカーバーグと妻のプリシラ・チャンは、細胞アトラスを医療研究に対する30億ドルの寄付先の第1弾に選んだ。

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