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再エネは環境に悪い? 「3つの都市伝説」の謎を解く
Stephanie Arnett/MITTR | Getty
Busting three myths about materials and renewable energy

再エネは環境に悪い? 「3つの都市伝説」の謎を解く

気候変動の緩和には、再生可能エネルギーの導入を進める必要がある一方で、「再エネは環境に悪い」といったさまざまな通説も存在する。今回は特に再エネの材料にまつわる3つの「伝説」の真偽を検証してみよう。 by Casey Crownhart2023.03.12

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

あらゆるメディアの中で私が最も強く影響を受けたのは、ゼロ年代半ば頃のテレビ番組『怪しい伝説(MythBusters)』だ。

番組内では特殊効果のプロ集団がテレビ番組の伝説や常識の真偽を検証していた。例えば、除雪機で車をひっくり返せるか? 花火を使って空を飛べるか? ゾウがネズミを怖がるのは本当か? といったことだ。検証チームはその答えを探っていくのだが、その過程ではしょっちゅう爆発が起き、「バスター」という名の衝突実験用ダミー人形が頻繁に登場する。

ジャーナリストである私が現在やっていることとは少し違う。ただ、『怪しい伝説』で何度も繰り返されたサイクル、すなわち問いを立て、調査し、答えを出すというサイクルの影響を受けていると私は思う。

今年は『怪しい伝説』のパイロット版が放映開始から、20周年にあたる。そこで今回の記事ではそれを記念して、私が何より注目するトピックにまつわる伝説を検証することにしよう。それは、気候変動に対処するために必要となる「材料」についてだ

伝説その1:気候変動と戦うためには必要な材料が足りていない

これはよく耳にする伝説で、確かに根拠もある。ゼロエミッションが実現した新しい世界を作るには、多くの原材料が必要となるのだ。

話を単純化するため、ここでは現時点で排出量が特に多い2つの業界に話を絞ることにする。電力業界と輸送業界だ。両者を合わせると、世界の温室効果ガス排出量のおよそ4分の3を占める。

この2つの業界で排出量を削減するには、かなりの数の設備を新たに構築する必要がある。特に重要なのは新方式の発電設備と、それを貯蔵する電池だ。では、どれほどの原材料が必要になるだろうか。

どんなものを建設するにしても、鉄、アルミニウム、そしておそらく銅を何らかの割合で組み合わせて使うことになる。最近の研究によると、気候変動の目標を達成するには、発電用インフラを建設するだけでもこの3種類の材料がそれぞれ大量に必要だという。現在から2050年までの間に、鉄は最大19億6000万トン、アルミニウムは2億4100万トン、銅は8200万トンにまで需要が増大すると予測されている。

膨大な量だと思うかもしれない。実際、そのとおりだ。だが、地球上で確認できている既知の埋蔵量、しかもそのうちの比較的安価に入手できる量と比べれば、微々たる量だ。どの材料についても、年間20%足らずの生産量増加ペースで需要を満たせる。

特別な素材になると話は少し変わってくる。たとえば風力発電タービンで使用するレアアースや、太陽光発電パネルで使うポリシリコン、また電池で使用するコバルトやリチウムなどだ。

これらの材料については増産幅をかなり大きくする必要がある。ジスプロシウムとネオジムの需要は風力発電タービンに牽引され、2050年までの間に4倍にまで上がる可能性がある。ポリシリコンの生産量も2倍にする必要がありそうだ。電池材料も急激に需要が増加する可能性がある。

需要に対応するために鉱山やインフラを整備するのは、確かに困難なことだ。しかしいずれにせよ、必要な材料は地球上に潤沢に存在する。このトピックと関連する研究については、こちらの記事を参照してほしい。

伝説その2:これだけ採掘すれば、化石燃料以上に気候や環境への悪影響がある

この伝説にも確かな根拠がある。採掘することで、社会にも環境にも予測不可能な影響が及ぶのだ。では、化石燃料を燃やすことと、再生可能エネルギー生産のための材料を採掘することが、環境へ及ぼす影響を比較してみよう。

それぞれ異なる技術同士の比較は難しい。及ぼす影響の内容も、影響が及ぶ場所も違うからだ。そのため、ここでは総排出量と必要な総採掘量という2つの数字に焦点を絞ることにする。

排出量については単純に考えられる。新しいエネルギー設備を構築するときは温室効果ガスの排出が避けられないが、化石燃料を燃やさないことでそれ以上の排出量を削減できる。再生可能エネルギーのインフラを建設することで、温室効果ガスは最大で290億トン排出される。これは、世界の現在の化石燃料由来の排出量の1年分にも満たない。加えて重要な材料のリサイクルを徹底したり製鉄やセメント製造に伴う排出量の削減に向けて努力すれば、状況がさらに良くなる可能性もある。

気候変動に関連した環境被害のうち、汚染を除く部分についての状況はもっと複雑だ。これについては最後の伝説を検証する際に詳しく触れていく。ここでは、再生可能エネルギーの生産に必要となる資源の採掘量と、化石燃料の採掘量の、それぞれの膨大さについて考えることにしよう。

2021年の石炭採掘量はおよそ75億トン。一方、低公害エネルギーを利用するインフラの構築に必要な材料の量は年間で最大約2億トンと試算されている。これはセメント、アルミニウム、鉄、ガラスなど、どうしても欠かせないものを全て含めた数字だ。

つまり全体で見れば、化石燃料に依存するよりも、再生可能エネルギーに移行した方が資源採掘量が減り、温室効果ガス排出による環境汚染を抑えられる。

伝説その3:再生可能エネルギーや低炭素エネルギーは「クリーン」であり、非難されるいわれはない

再生可能エネルギーは気候変動の緩和に必要なものだが、化石燃料からの移行に伴う大きな課題がいくつかある。新しいテクノロジーの構築に使用する材料の採掘や加工によって発生する可能性がある、新しい害である。

米国ネバダ州にあるリチウム鉱山開発の候補地サッカー・パスはその一例だ。この鉱山からは、毎年100万台の電気自動車を製造するのに必要なリチウムを採掘できる。しかしこの地域に住み、この土地を神聖視している先住民にとっては、そんなことは慰めにもならない

資源採掘は公害、特に水質汚染の原因となる可能性があり、鉱山の近くに住む人々はその影響を受ける。それだけでなく、世界の一部地域では、強制労働や児童労働などの人権侵害と採掘とが結びついている。こうした負の側面は、再生可能エネルギーに必要な金属採掘に限ったことではない。とはいえ、脱炭素社会実現に向けた取り組みも、こうした問題と無関係ではいられないということを覚えておくのは大切だ。

人の暮らしていける世界を未来に残したいのなら、排出量を削減して気候変動に対処しなければならない。そして、その実現のために新しいテクノロジーがいくつも必要になると私は考えている。

それらのテクノロジーは社会や環境に悪影響を及ぼすかもしれないが、確立する方法によっては影響を緩和できるはずだ。たとえば最近の研究によると、リチウムの需要は公共交通機関、自動車の大きさ、リサイクルのそれぞれに関する政策の影響を受けることが分かっている。代替品が見つかってリチウム使用量を減らせれば、将来は少数の鉱山で需要を満たせるかもしれない。

2つのことが同時に真理であり得る。そして気候変動について深く考える多くの人は、意見が一致するだろうと私は思う。つまり、気候変動対策が必要であること、そしてどのように対策を取るかも重要だということにだ。

気候変動関連の最近の話題

  • マサチューセッツ工科大学(MIT)のスピンアウト企業であるボストン・メタル(Boston Metal)が、石炭を使わない製鋼技術の規模拡大のために1億2000万ドルを調達。カナリー・メディア
    →同社は溶融酸化物電気分解という、石炭ではなく電気を使った製鉄方法を活用している。(MITテクノロジーレビュー
  • 資金といえば、気候技術への投資は2022年に1兆ドルを超え、過去最高を記録した。また、史上初めて低炭素技術への投資が石油およびガス生産への投資を上回った。(ブルームバーグ
  • 米国では99%の事例で、太陽光発電や風力発電の設備を新設する方が既存の石炭発電所を稼働させるより安価である。再生可能エネルギーのコスト低下と近年の政策による追い風によって、石炭火力発電は時代遅れになりつつある。(インサイド・クライメート・ニュース
  • 気候変動によって米国西部の山火事が激しさを増す中、コロラド州は人工知能(AI)を使って山火事を追跡する州の仲間入りをしている。(AP通信
  • 天然ガスは化石燃料であるが、それを「グリーン」であるとして売り出そうとする企業が増えている。(カナリー・メディア
  • 気候変動によってまたもや私の大好物が危機にさらされている。それはおいしいハムだ。スペインのハモン・イベリコ・ベジョータを作るには、ブタの最期の1カ月間にドングリを食べさせる必要がある。しかし樫の木から採れるドングリの量は減っている。異常に暑く、乾燥している夏のせいだ。(ガーディアン紙
  • 安価なリチウムイオン電池が米国にやってくる。リン酸鉄リチウム(LFP)電池は高価なコバルトやニッケルを使わない。今やその生産拠点は中国国外にも広がっている。(ケミカル・アンド・エンジニアリング・ニュース
    →この低価格バッテリーについては今年の予測記事で触れた。まだ読んでいない方は、2023年の予測をチェックしてみてほしい。(MITテクノロジーレビュー

 

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ケーシー・クラウンハート [Casey Crownhart]米国版 気候変動担当記者
MITテクノロジーレビューの気候変動担当記者として、再生可能エネルギー、輸送、テクノロジーによる気候変動対策について取材している。科学・環境ジャーナリストとして、ポピュラーサイエンスやアトラス・オブスキュラなどでも執筆。材料科学の研究者からジャーナリストに転身した。
MITTRが選んだ 世界を変える10大技術 2025年版

本当に長期的に重要となるものは何か?これは、毎年このリストを作成する際に私たちが取り組む問いである。未来を完全に見通すことはできないが、これらの技術が今後何十年にもわたって世界に大きな影響を与えると私たちは予測している。

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