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MIT発スタートアップが挑む「クリーンなセメント」
Bob O'Connor/Sublime Systems
Inside a high-tech cement laboratory

MIT発スタートアップが挑む「クリーンなセメント」

MITの科学者が立ち上げたスタートアップ企業は、セメント製造に伴う二酸化炭素排出を削減する技術を開発している。同社の施設で、これまでの経緯と今後の見通しを聞いた。 by Casey Crownhart2023.07.13

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

数週間前、私は壁際に並んだステンレス製のタンクが蛍光灯の光を反射する、ある部屋にいた。その設備を見て私は、とてもハイテクなクラフトビール醸造所を連想した。

だが私が訪れたのは、りんご酒のテイスティング会場ではない。ボストンに拠点を置くスタートアップ企業、サブライム・システムズ(Sublime Systems)である。同社は特に難しい気候課題の1つである、セメント製造のクリーン化に取り組んでいる。現在、セメント作りには大量の化石燃料が必要とされており、セメント業界だけで世界の温室効果ガス排出量全体の約8%を占めている。

だが、それほど多くの温室効果ガスを排出せずにすむ方法があるかもしれない。この記事では、サブライム・システムズが何を目指しているのか、それによって建築のあり方がどのように変わる可能性があるのかを紹介する。

具体的な進歩

最初に定義を明確にすることから始めよう。セメントとは基本的に、コンクリートを固める接着剤である。コンクリート製の建築物、歩道、彫刻の完成品は、重さにして約10%がセメントだ。

私は以前、セメント製造のクリーン化の課題について記事を書いた。見逃していた方は、チェックしてみてほしい。

端的にまとめると、セメントは主に2つの理由で気候にとっての悪夢である。

まず、セメントの製造過程では超高温(1500 °C)が必要とされる。これは現在では基本的に、その過程で化石燃料を燃やさなければならないことを意味する。次に、鉱物を使用可能なセメントへと変換する際の化学反応で二酸化炭素が発生する。

サブライム・システムズが出した答えは、電気化学の活用だ。同社の共同創業者であるイェット‐ミン・チェンとリア・エリスは、両者共に電池(バッテリー)業界で成果を出した後、建築材料の世界へと移った。2人はマサチューセッツ工科大学(MIT)で、鉱物を私たちが知っている大好きなセメントへと変えるための電気を用いた一連の化学反応を開発。2020年にサブライム・システムズを共同で立ち上げた。

今回の訪問で最も興味深かったは、サブライム・システムズが研究室での成果をどのように受け止め、その成果をはるかに大きな規模で稼働させるためにどのように変革しようとしているのか見られたことだ。

A man in a white coat is seen eyeing factory equipment.

築き上げる

その日は、サブライム・システムズのオフィス内の木陰になった中庭で、最高経営責任者(CEO)を務めるエリスとの会話から始まった。エリスCEOは、彼女が博士研究員だったMITの研究室から始まった同社のセメントテクノロジーの進捗について一通り説明してくれた。

始まりは小規模なものだった。彼女と研究仲間が初めて作ったセメントは、サイコロ1個分程度の量だった。

時は流れ、サブライム・システムズの試験施設を見渡してみると、そんなわずかな量を想像するのはほとんど不可能だ。天井は数メートルの高さに感じられ、部屋に並んだタンクは、私が両腕を回しても抱えきれそうになかった。

この施設は2022年11月に稼働を開始した。サブライム・システムズのエンジニアリング部門でトップを務めるマイク・コーベットによると、施設建造に向けたチームの動きは速く、設計から稼働までに掛かった時間は約9カ月だったという。

サブライム・システムズは電気化学をセメント製造に持ち込むという、まったく新しい取り組みをしている。だが、自分たちの取り組みに合った機器を探すにあたって、採掘や化学薬品製造といった他の産業のテクノロジーをうまく利用できている。「他の業界からであればたいていの場合は、お願いすれば同じような技術的問題の解決に使われている機器を借りられます」と、コーベットは話す。

その結果が、醸造所、採掘活動、セメント製造が合わさったような施設というわけだ。

試験生産ラインは初期の頃から大幅にアップグレードしているが、業界全体の壮大な規模からすれば、まだ「アリ向けのセメント工場」だとエリスCEOは言う。 

1台のコンクリートミキサー車には約20トンのコンクリート・ミックスを積載でき、そのうちの約2トンがセメントである。年間100トンのペースでは、サブライム・システムズの施設でミキサー車1台分のセメントを製造するのに約1週間かかることになる。

同社にとっての次のステップは、1日約100トンを製造する実証施設の建造だ。「この規模なら、セメント業界で見向きもされない存在ではなくなります」とエリスCEOは言う。現在の目標は、この施設を2025年中に稼働させることだ。その後はさらにもう1ステップが待っている。それは、年間約100万トンという商業レベルへの拡大だ。

世界のセメント需要は膨大であり、サブライム・システムズはその需要に応えるための製造規模拡大に取り組んでいる。今の私たちにとってセメントは基本的に目に見えないものだが、気候への影響は非常に大きく、おそらくは増す一方だろう。「誰もがセメントを利用し、所有していますが、見ていません」とエリスCEOは言う。だからこそ、身の回りにあるセメントと、この話題に関する今後の発信に気を配っていただきたい。

MITテクノロジーレビューの関連記事

電気化学によるセメント製造の技術的な細部に関する詳細な内容や、二酸化炭素を注入する別の製造方法については、こちらの記事をチェックしてほしい。

リア・エリスCEOは、MITテクノロジーレビューが選んだ「2021年の35歳未満のイノベーター35人」の1人だ。彼女の取り組みについて詳しくはこちらの記事で読むことができる。

ボストン地区にはほかにも、重工業に電気を取り入れようとしているスタートアップ企業がある。だが、こちらの目標は製鋼だ。ボストン・メタル(Boston Metal)について詳しくはこちら

人工培養肉が承認される

実験室での培養肉が、米国での販売を承認された。理屈の上では、環境保護の面で大きな勝利と言えるはずだ。

だが、培養肉が食品製造における温室効果ガス排出をどれだけ削減することになるのかについては、いまだに非常に多くの疑問が残っている。気候問題の解決策になるためには、企業が製造規模を拡大し、高コストでエネルギーを大量に消費する行程を避ける方法を見つける必要がある。

培養肉と気候変動の関係について、こちらの最新記事を読んでほしい。

protein models in a hamburger bun with lettuce and tomato

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ケーシー・クラウンハート [Casey Crownhart]米国版 気候変動担当記者
MITテクノロジーレビューの気候変動担当記者として、再生可能エネルギー、輸送、テクノロジーによる気候変動対策について取材している。科学・環境ジャーナリストとして、ポピュラーサイエンスやアトラス・オブスキュラなどでも執筆。材料科学の研究者からジャーナリストに転身した。
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