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究極の「大穴」技術、核融合を諦めるべきでない理由
Stephanie Arnett/MITTR | Envato
Why the dream of fusion power isn't going away

究極の「大穴」技術、核融合を諦めるべきでない理由

地球温暖化対策の切り札とも目されている核融合発電は、依然として「未来のエネルギー」の域を出ていない。だが最近、いくつかのマイルストーンを達成したことを考えると、実現を諦めるべきではない。 by Casey Crownhart2023.10.03

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

核融合発電の話を始めると決まって登場するジョークがある。「核融合は未来のエネルギーだ——そう、いつまで経っても」。

いつの日か、核融合炉は潤沢な燃料を使用して、二酸化炭素を排出せずに安価な電力を潤沢に供給できるようになるのかもしれない。だが、この「いつの日か」の約束は、果たされることなく長らく維持されてきた。核融合が非常に大きな興奮とともに、非常に大きな懐疑も生み出してきたのことに、私は魅惑を覚える。エネルギーテクノロジーの究極の大穴なのだ。 

10月4、5日とMITテクノロジーレビュー(米国版)が開催するイベント「クライメートテック(ClimateTech)」で、私はコモンウェルス・フュージョン・システムズ(Commonwealth Fusion Systems)の共同創業者兼最高技術責任者(CTO)であるダニエル・ブロナーと対談する予定だ。そこで、この記事では、気候変動問題を一変させる可能性のある核融合のような大穴テクノロジーの役割を検討していこう。 

約束と危険

核融合は「ムーンショット」型テクノロジーと呼ばれることがある。目標水準が非常に高く、成功の暁には変化を起こすであろうが、成功に至るのが技術的にきわめて困難なテクノロジーのことだ。

この言葉を有名にした元々の「ムーンショット」は、文字どおり月に関するものだ。1962年にジョン・F・ケネディ米大統領が、60年代末までに月に行く目標を発表した(核融合研究が最初のムーンショットより先行していた事実は、私たちがこのテクノロジーをどれだけ長く待ち望んでいるかを物語っている)。

核融合炉は原子どうしを衝突させる。衝突した原子は融合し、莫大なエネルギーを放出する。このプロセスで使用される燃料は安価で潤沢に存在する。したがって、二酸化炭素を一切排出しない不眠不休の発電所が登場する可能性がある。気候変動への取り組みにとって夢の組み合わせだ。 

しかし、この核融合を制御された形で起こすには、科学と工学で複数の偉業を達成する必要がある。炉の内部温度を1億℃以上にし、レーザーまたは超強力磁石、あるいは同等のハイテク装置を使用して燃料を所定の場所に保持しなければならない。

このように複雑な工学が必要なため、モデル理論家の中には、核融合炉発電が実際はそれほど安価にならず、コストは再生可能エネルギーと同じくらいかわずかに上回る程度だと予想する者もいる(今年発表されたワイアード誌のこちらの記事を読んでいただきたい)。その議論は理解できる。だが一方で、予想家たちが10年以上、太陽光パネルの可能性を過小評価してきた経緯がある。そのため、核融合炉の最終的なコストに関し、なんらかでも根拠のある論考をする準備はまだ整っていないと思う。

それでも、核融合は変革をもたらす可能性のあるテクノロジーだ。問題は、いつ、核融合がメインストリームのテクノロジーになる準備が整い、それが、気候変動への対処として果たして間に合うかどうかである。 

経路と進捗状況

核融合の将来については、関心と興奮と健全な懐疑を抱きながら見つめている。一つの企業や一つのアプローチがうまく行く見込みが低下したとしても、大穴テクノロジーを追い求めることは依然として重要だ。

現在は核融合の将来展望が特に明るい時期のように思える。覚えている方もいるだろうが、1年近く前にこのテクノロジーに大きな科学的飛躍があったからだ。ローレンス・リバモア国立研究所(Lawrence Livermore National Laboratory)の科学者が史上初めて、核融合反応で投入したエネルギーより多くのエネルギーを産生させることができた。

核融合はこれらの反応により、ときに科学的損益分岐点と呼ばれる地点に達した。どのような定義によっても、大きなマイルストーンとみなされる地点だ。だが、もちろん注意点はある。

この炉は世界有数の強力なレーザーを使用しているが、極めて非効率的だ。結局のところ、核融合反応で発生した量より多くの電力を送電網から引き出していた。少なくとも近い将来において、核融合のこのバージョンが発電所としての実用性をそれほど備えないことに、ほとんどの専門家は同意している。

マイルストーンではあったが、実用的というより象徴的な出来事だった。一方、世界最大かつ最も有名な核融合プロジェクトが不振に陥っているのが目につく。巨大な国際協力プロジェクトである「ITER(国際熱核融合実験炉)」は遅延と費用の爆発的増大に悩まされている。

だが、米国内外で研究が緩徐なペースで進捗する中、民間セクターが核融合発電に大きな関心を寄せている。 今年、累積投資額は62億ドルに達した。投資家は引き続きこのテクノロジーに資金を投じており、その多くがイノベーティブな気候テクノロジーの必要性と最近の民間セクターの進展を理由にしている。

民間核融合企業で正味エネルギー利得を達成した(あるいは少なくとも、発表した)ところはないが、いくつかのマイルストーンには達している。コモンウェルス・フュージョン・システムズは、新しい超伝導材料で磁場強度の記録を更新した。このテクノロジーは、核融合を大規模かつ経済的に起こす鍵になる可能性がある。TAEテクノロジーズ(TAE Technologies)など、他のスタートアップ企業は、7500万℃、あるいはそれ以上の高温を達成した。これも核融合炉が運用可能な水準に達するための重要なステップだ。

多くのスタートアップ企業が核融合エネルギー分野に飛び込むのは、興味深いことだと思う。これらの企業には切迫感がある。進捗を遂げ、資金を調達し続けなければ、倒産のリスクがあるためだ。

コモンウェルス・フュージョン・システムズの計画では、2025年ごろに炉のスイッチを入れて正味エネルギー利得を実現し、2030年代初めに発電所を稼働させる。一時は2020年までの操業開始を計画していたヘリオン・エナジー(Helion Energy)は現在、早ければ2028年に発電所の操業開始を計画している。同社はすでにマイクロソフトと電力売買契約を締結している。

しかし、ヘリオンが発表したタイムラインに関しては本誌のジェームス・テンプル編集者が概説するように、専門家は懐疑的だ。

可能性と展望

地球の未来を核融合に賭ける必然性はないのかもしれないが、そんなことはないと考える。

気候変動に対処するためのいくつかのテクノロジーが現在、リストアップされている。今後10年ほどは、二酸化炭素排出量の目標達成に、風力発電や太陽光発電、電気自動車などの現在利用可能な技術の導入が役立つだろう。

核融合に資金を投じると、近い将来に効果を発揮する可能性が高いテクノロジーから資金が逃避するという懸念がよく聞かれる。だが、投資は必ずしもゼロサムゲームではない。投入される資金総額も増えているように思う。米国のインフレ抑制法(Inflation Reduction Act)では、今後10年間に気候テクノロジーに5000億ドルが投じられる。

近い将来に既存の技術が最も有効であることを認める一方で、次世代電池、水素を動力源とする重工業、さらには核融合といった新テクノロジーが将来、この世界で大きな役割を果たす可能性があると信じることは可能だ。より多くの選択肢をテーブルの上に載せておけば、2030年、さらには2040年に困ることは決してないだろう。どのテクノロジーが大きな役割を果たすことになるのか現時点ではわからないが、注視し続けるつもりだ。

MITテクノロジーレビューの関連記事

初めて損益分岐点に達した核融合炉がクリーン・エネルギーにとって真に意味することについて書いた記事がある。

コモンウェルス・フュージョン・システムズは、核融合発電で最初に商業的成功を収めるのは自社の炉になる可能性があると考えている。本誌のジェームス・テンプル編集者は、かなり早い時期に同社の進捗状況を記事にした。

ヘリオンは、立ち上げからわずか5年後に最初の商用炉を稼働させると主張しているが、専門家はこのムーンショットがそれほど早く実現することはないと懐疑的だ。

MITテクノロジーレビューは半世紀以上にわたって核融合のニュースを読者に届けてきた。アーカイブで核融合に関する抜粋をいくつか確認できる。

気候変動関連の最近の話題

  • レゴはリサイクル・ボトルから有名な同社のブロックを作る計画を打ち切った。同社によると、この素材を使用するには追加の手順が必要でエネルギー消費も増えるため、二酸化炭素の排出削減に役立たなかったという。(BBC
  • 消防士は山火事との闘いで人工知能(AI)という新たなツールを手に入れた。このテクノロジーを使用すると、火災をより早く突き止められる。気候変動のために世界のいくつかの地域で火災の発生頻度が高まる中、非常に重要かもしれない。(ブルームバーグ
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  • 長期的なエネルギー貯蔵プロジェクトが、米国エネルギー省から3億2500万ドルもの大きな後押しを受けた。この種のテクノロジーは、再生可能エネルギーの送電網での利用をサポートするうえで非常に重要になる可能性がある。(カナリー・メディア
    → イオス・エナジー(Eos Energy)と同社の亜鉛ベース電池も優遇策の対象に選ばれた。最近、同社はペンシルベニア工場のために米国エネルギー省(DOE)から融資を受けた。(MITテクノロジーレビュー
    → イタリアのスタートアップ企業エナジー・ドーム(Energy Dome)も資金を受け取った。同社が圧縮二酸化炭素をエネルギー貯蔵にどのように利用しているかについては、2022年の記事で詳しく紹介している。(MITテクノロジーレビュー
  • 低コストのEV電池を製造するためにフォードが建設していた数十億ドル規模の工場を覚えているだろうか。その流れが止まっている。競争力を維持した状態で工場を運営できるかどうか懸念していると、同社は理由を説明している。この動きは雇用削減をほのめかす脅しであると、現在ストライキ中の自動車労働者は述べている。(ヤフー
    → 2月に同社が計画を発表して以来、この工場を追っている。このままでは、低コストテクノロジーのリン酸鉄リチウム電池にとって一大事になる可能性がある。(MITテクノロジーレビュー
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ケーシー・クラウンハート [Casey Crownhart]米国版 気候変動担当記者
MITテクノロジーレビューの気候変動担当記者として、再生可能エネルギー、輸送、テクノロジーによる気候変動対策について取材している。科学・環境ジャーナリストとして、ポピュラーサイエンスやアトラス・オブスキュラなどでも執筆。材料科学の研究者からジャーナリストに転身した。
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