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中国テック事情:チップレットで新シリコンバレーを目指す無名都市
Sarah Rogers/MITTR | Getty
This Chinese city wants to be the Silicon Valley of chiplets

中国テック事情:チップレットで新シリコンバレーを目指す無名都市

チップ・パッケージングの中心都市である中国の無錫市は、半導体産業における役割を強化するためチップレット研究に投資している。米国の制裁によって先端技術の輸入ができなくなった中国は、チップレットに注力している。 by Zeyi Yang2024.02.25

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

MITテクノロジーレビューは先月、2024年のブレークスルー・テクノロジー10を発表した。それらのテクノロジーは、現時点あるいは将来のある時点で我々の生活を変えると考えられる、技術的進歩である。その中の1つに、中国のテック分野にとって特に重要なものがある。「チップレット」だ。

関連してチップレットに関する新しい記事を掲載した。チップレットとは、チップを独立したモジュールに分割することで設計コストの削減とコンピューティング性能の向上を実現する、新たなチップ製造手法のことだ。米国政府の制裁により中国企業は特定の主要技術を輸入できないものの、チップレットを活用することでより強力なチップを開発できる可能性がある。

中国以外の国におけるチップレットは、半導体業界がコスト効率よくチップの性能を向上させるために取り得る代替手段の1つだ。チップレットのアプローチでは、1つのチップにより多くのトランジスターを詰め込もうと際限なく努力する代わりに、チップの機能を複数のより小さなデバイスに分離し、各コンポーネントの製造が一体型チップよりも簡単になる可能性を提案する。アップルやインテルなどの企業は、すでにこの方法で商用製品を製造している。

しかし、中国国内におけるチップレットは別のレベルでの重要性がある。米国の制裁により、中国企業は最先端のチップやそれらの製造装置を購入できないため、手持ちの技術を最大限に生かす方法を考え出さなければならない。そこでチップレットが役に立つ。もし中国の各企業がそれぞれのチップレットを可能な限り最先端のレベルに作り上げ、システムに組み込むことができれば、より強力な最先端チップの代わりになる可能性がある。

チップレットを作るのに、それほど新しい技術は必要ない。チップ設計企業ハイシリコン(海思半导体)を子会社に持つ中国の巨大テック企業ファーウェイは、2014年に初めて製品設計にチップレットを導入しようと試みた。2019年、米国による厳しい制裁の対象となり、海外の工場と協力できなくなったことで、この技術は同社にとってより重要なものになった。2022年にファーウェイのグオ・ピン会長(当時)は、それほど最先端ではないチップ・モジュールをつなげて積み重ねることにより、市場で製品の競争力を維持することを望んでいると述べている。

現在、チップレット分野には多額の資金が流れ込んでいる。中国政府と投資家がチップレットの重要性を認識し、学術プロジェクトやスタートアップに資金を注ぎ込んでいるのだ。

中でも、特に全力を上げてチップレットに取り組んでいる中国の都市がある。おそらく聞いたことのない都市名だろうが、無錫市(むしゃく、ウーシー)だ。

上海と南京の中間に位置する無錫は、製造業が盛んな中規模の都市である。また、半導体分野でも長い歴史を持つ。中国政府は60年代、この都市に国営ウェーハー工場を建設した。そして、1989年までに政府が半導体産業への投資を決定すると、国家予算の75%が無錫の工場に投入された。

2022年までに無錫は600社以上のチップ企業を抱えるまでになり、半導体産業の競争力に関しては上海と北京に次ぐ3番手の都市となった。特に無錫は、チップ・パッケージング(シリコン部品のプラスチック・ケースへの組み込みやチップの性能テストなど、組立工程の最終段階)の中心地である。世界第3位のチップ・パッケージング企業で、中国では最大手のJCETは、50年以上前に無錫で創業した。

JCETと無錫のパッケージング分野における突出した存在感が、チップレットでも両者を優位に立たせている。従来のチップに比べ、チップレットはそれほど先進的ではない製造能力でも対応できる。しかし、さまざまなモジュールのスムーズな連動を確保するためには、より高度なパッケージング手法が必要となる。そのため、無錫はその確立されたパッケージング分野の強みによって、チップレット開発で他の都市よりも一歩先を行くことができる。

2023年、無錫は「チップレット・バレー」を目指す計画を発表した。無錫は、この地域でチップレットを開発する企業への助成金として、1400万ドルの支出を約束している。また、チップレットの研究に注力するため、無錫相互接続技術研究所を設立した。

無錫は、世界の半導体産業における中国の隠れた役割を示す優れた例である。チップ設計やチップ製造などの分野に比べ、パッケージングは労働集約的であり、魅力的なビジネスとは言えない。そのため、欧米諸国には基本的にパッケージング機能が残っていない。また、無錫のような都市の存在を普通は誰も知らないのも、同じ理由である。

しかし、チップレットやパッケージング技術の進歩によってもたらされる好機によって、チップ・パッケージングが再び脚光を浴びるチャンスがある。そして中国は今、数少ない国内の強みの1つを生かし、半導体産業で優位に立つため、そのチャンスに大きく賭けている。

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MITテクノロジーレビューで中国と東アジアのテクノロジーを担当する記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、プロトコル(Protocol)、レスト・オブ・ワールド(Rest of World)、コロンビア・ジャーナリズム・レビュー誌、サウスチャイナ・モーニング・ポスト紙、日経アジア(NIKKEI Asia)などで執筆していた。
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