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ARPA-Eが6300万ドル投じる気候テック企業4社の中身
Aeroshield
These climate tech companies just got $60 million

ARPA-Eが6300万ドル投じる気候テック企業4社の中身

エネルギー高等研究計画局(ARPA-E)は気候変動対策として有望なテクノロジーを持つ企業に対して資金を提供している。6月末、ARPA-Eの資金を獲得する4社が明らかになった。どのような企業か、紹介しよう。 by Casey Crownhart2024.07.16

この記事の3つのポイント
  1. アントラ・エナジーなど4社が米国政府から6300万ドル超の助成金を獲得
  2. 資金提供を受けた企業は産業用熱電池や低排出型セメントなどを手掛ける
  3. 資金は研究段階のテクノロジーを実用化に近づけることが目的だ
summarized by Claude 3

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

スポーツの試合結果が気になる人、好きなアーティストのツアーのセットリストが知りたい人。いろいろな人がいるだろうが、私が興味があるのは、気候関連スタートアップの資金調達だ。特にどの企業が、政府機関から巨額の助成金を引き出すのか、知りたくて仕方がない。

「エネルギー・ムーンショット工場」との異名を持つ米国の政府機関、エネルギー高等研究計画局(ARPA-E:Advanced Research Projects Agency – Energy)は数年に一度、有望なテクノロジーを持つ企業数社へ助成金を提供している。この助成金は、研究室やパイロット段階にあるテクノロジーをスケールアップし、世に出せるように支援することを目的としている。

6月末、新たにこの資金を獲得することになった企業4社が発表された。その額は4社合計で6300万ドルあまり。今回の資金獲得企業がどのような会社なのか? 各社のテクノロジーが気候変動対策にどのような影響を与えるのか? 見てみよう。

1.  アントラ・エナジー:産業用熱電池

まずは、アントラ・エナジー(Antora Energy)だ。本誌の読者ならご存知の方も多いだろう。カリフォルニア州のシリコンバレーに本社を置き、重工業用の熱電池を製造している企業だ。昨年、私は同社とその最初のパイロット・プロジェクトを取材した。そして2024年、MITテクノロジーレビューは熱電池を「2024年のブレークスルー・テクノロジー」の次点に選んだ

簡単におさらいすると、アントラ・エナジーのテクノロジーの基本的なアイデアは、安価でクリーンな風力や太陽光発電によるエネルギーを、熱として貯蔵し、その熱を産業施設で利用するというものだ。太陽光が当たらない夜間や、無風の時間帯など、再生可能エネルギーにはそもそも使えない時間帯がある。しかし、産業界の二酸化炭素排出量(世界の総排出量の30%にも達する)を削減するには常時使えるクリーン・エネルギーが必要だ。クリーン・エネルギーを貯蔵しておいていつでも使えるようにするという考えは、産業界が抱える問題に対する優れた解決策だ。

アントラ・エナジーは、そのテクノロジーをスケールアップさせるために1450万ドルの資金を獲得した。同社が今回得た資金を活用して目指すのは、第2の製品、つまり熱だけでなく電気も供給できる製品の開発を進めることだ。

2. クイーンズ・カーボン:低排出型セメント

2023年3月の記事で取り上げたとおり、セメントは気候変動の悪役だ。社会の足場となるコンクリートの生産による排出量は、世界の排出量のおよそ7%を占めている。

セメント製造による排出量を削減しようとすると突き当たる課題の1つとして、セメント製造に必要な化学反応を起こすには、溶岩にも匹敵する1500℃以上の高温が必要だというものが挙げられる。

ニュージャージー州に本拠を置くクイーンズ・カーボン(Queens Carbon)は、540℃未満でもセメント製造に必要な化学反応を起こせる新しい工程を開発した。同社の最高経営責任者(CEO)兼最高技術責任者(CTO)で共同創業者のダニエル・コップは、今回の資金獲得に伴う記者会見で、540℃でも高温には変わりはないが、この温度であれば電気を使って効率的に扱えると述べた。その電気を再生可能エネルギーで賄えれば理想的だ。排出量の大きな削減につながるかもしれない。

クイーンズ・カーボンも1450万ドルを獲得した。この資金は、現在大手セメント製造会社と共同で進めているパイロットプラントの建設に役立つはずだ、とコップCEOは記者会見で述べた。同社は、2028年後半か2029年にプラントを実用規模にスケールアップする予定だ。

3. アイオン・ストレージ・システムズ:EV向け次世代電池

全世界が次世代電池を必死で探し続けている。メリーランド州に本社を構えるアイオン・ストレージ・システムズ(Ion Storage Systems)は、固体型リチウム金属技術でその要望に応えようとしている。

MITテクノロジーレビューは、リチウム金属電池を「2021年のブレークスルー・テクノロジー」のひとつに選んだ。このテクノロジーは、エネルギー密度を高める可能性を秘めている。つまり、電気自動車(EV)の走行距離を延ばすかもしれないのだ。

アイオン・ストレージ・システムズは、まず軍関係の顧客に向けた電池の製造を計画している。同社が今回獲得した資金(2000万ドル相当)を活用すれば、より大きな顧客層、つまり電気自動車市場に向けて、大規模な生産体制を整えることができるかもしれない。

記者会見でグレッグ・ヒッツCTOが製造業を重視していると語るのを聞いて、とても興味をそそられた。生産規模の拡大は、固体型電池に取り組む企業にとっては常に大きな課題だからだ。ヒッツはまた、同社の電池はセルを高圧で圧縮したり加熱したりする必要がなく、比較的簡単に電池パックに組み込めると説明した。

4. エアロシールド・マテリアルズ:建物の熱効率を高めるハイテク断熱材

最後を飾るのは、ボストン近郊に本社を構えるエアロシールド・マテリアルズ(AeroShield Materials)だ。同社のCEO兼共同創業者であるエリス・ストロバックは記者会見で、建物の暖房や冷房に投入するエネルギーの30~40%が窓やドアから失われていて、その損失は住宅の場合、年間約400億ドルに相当すると説明している。

エアロシールド・マテリアルズは、透明で軽く、耐火性に優れるエアロゲルと呼ぶ材料を製造している。ストロバックCEOによると、この材料を利用することで窓のエネルギー効率を65%改善できる可能性があるという。

断熱は比較的地味な話題だが、エネルギー需要を下げ、排出量を大幅に削減する優れた手段の1つだ。エアロシールド・マテリアルズは窓とドアの製造から始めるが、既設の窓の改修や、冷凍庫や冷蔵庫のドアの断熱材の製造など、他の事業も検討していくとストロバックCEOは会見で述べた。獲得した1450万ドルは、パイロット製造設備の建設に向けるようだ。

以上紹介した4社が対象とする産業は、運輸、建築、重工業まで幅広い。共通しているのは、気候変動に対処するには、どの産業も早急に事業をクリーン化しなければならないということだ。今回4社に与えられた資金は、エネルギー関連テクノロジーに関して膨大な知見がある機関が大きな信頼を寄せたことの証だ。しかし現実として重要なのは、4社がその資金を使って今、何をするかである。

MITテクノロジーレビューの関連記事

米国エネルギー高等研究計画局(ARPA-E)が構想するエネルギー・テクノロジーの未来について、昨年、同局のエヴリン・ワン長官に聞いた

読者が熱電池を11番目の「ブレークスルー・テクノロジー」に選んだ理由については、4月のこの記事を参照してほしい

セメントは気候問題の中でも特に難問だ。今年の初めにスタートアップ企業サブライム・システムズ(Sublime Systems)の特集記事でその点を取り上げている。


collage of cloudy skies with money and a control panel of knobs and indicators

太陽光地球工学で新たな動き

気候変動による温暖化の緩和策として、太陽地球工学の可能性を探る科学者は少なくない。そして、太陽地球工学の研究者に向けた資金は膨らみ続けている。

クアドラチャー気候基金(Quadrature Climate Foundation)は、太陽地球工学の研究に数百万ドルを提供している団体の1つだ。このような財政的支援は、科学者がラボで作業したり、モデルを作ったり、さらには屋外実験までできるよう支援する。屋外実験には、この賛否ある分野について一般の理解を深める効果もあるかもしれない。

資金の出元や、資金援助が気候変動対策に及ぼす影響については、本誌のジェームズ・テンプル編集者の記事を参照してほしい

気候変動関連の最近の話題

  • あるスタートアップ企業が、リチウムイオン電池の製造工程で生じる廃棄物の硫酸ナトリウムを、新しい電池の原材料として使える化学物質に変えようとしている。カリフォルニア州のオークランドを本拠地とするエプナス・テクノロジー(Aepnus Technology)は、そのアプローチを「完全循環型」と呼ぶ。(ヒートマップ
  • ヒューストンに拠点を置くスタートアップ企業ソリュージェン(Solugen)が、米国エネルギー省から2億ドルを超える融資を獲得した。同社は、生物学を利用して農業からコンクリートまでさまざまな産業で使われる化学物質を製造している。(C&ENニュース
  • 米国をはじめとする数カ国のオリンピック代表チームは、今夏のパリ大会にエアコンを自前で持ち込む予定だ。大会の気候目標は大きく後退するかもしれない。(AP通信
  • 高度なリサイクル技術でプラスチック危機が奇跡のように解決すると期待されているが、この産業に詳しく踏み込むと、いくつかの問題が見えてくる。この方法ではごくわずかなプラスチックしか作れない上、この業界は巧妙な会計操作を加えた上で技術を販売している。(プロパブリカ
  • イェット‐ミン・チェンの名を知らないあなたでも、サブライム・システムズやフォーム・エナジー(Form Energy)など、氏が立ち上げに関わった企業については聞いたことがあるだろう。MIT(マサチューセッツ工科大学)の教授で起業家でもあるチェンをもっと知るにはこちら。(サイファー
  • かつてランニング・タイド(Running Tide)は、海の力を借りて大気中の二酸化炭素を吸い取るという壮大な計画を立てた。そのスタートアップ企業が事業を終了する。同社の破綻が二酸化炭素除去の未来に及ぼす影響が説明されている記事だ。(ラティチュード・メディア
    → 2022年に同社が苦境にあえいでいたことを、MITテクノロジーレビューのジェームズ・テンプル編集者が同年6月の記事で明らかにしている。(MITテクノロジーレビュー
  • フォルクスワーゲンは、EVスタートアップ企業のリビアン(Rivian)に10億ドルを投資する。その契約の一環として、両社は合弁企業を設立する。市場投入に苦戦するリビアンの前進につながるかもしれない。(テッククランチ
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ケーシー・クラウンハート [Casey Crownhart]米国版 気候変動担当記者
MITテクノロジーレビューの気候変動担当記者として、再生可能エネルギー、輸送、テクノロジーによる気候変動対策について取材している。科学・環境ジャーナリストとして、ポピュラーサイエンスやアトラス・オブスキュラなどでも執筆。材料科学の研究者からジャーナリストに転身した。
MITTRが選んだ 世界を変える10大技術 2025年版

本当に長期的に重要となるものは何か?これは、毎年このリストを作成する際に私たちが取り組む問いである。未来を完全に見通すことはできないが、これらの技術が今後何十年にもわたって世界に大きな影響を与えると私たちは予測している。

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