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地球工学はなぜ検討に値するか? 知っておくべき基礎知識
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What is geoengineering—and why should you care?

地球工学はなぜ検討に値するか? 知っておくべき基礎知識

今後、気候変動の脅威が高まるにつれ、地球工学の可能性と危険性について耳にする機会がますます多くなるだろう。地球工学の歴史や現状、地球工学を検討すべき理由について、質問に答える形でまとめた。 by James Temple2022.02.04

二酸化炭素の排出量を削減するだけで壊滅的な気候変動を防ぐのは、もう時間切れになりつつあることが明確になってきている。しかし、地球をより迅速に冷却し、化石燃料から脱却するための時間をもう少し稼ぐ方法はあるかもしれない。

それらの方法は総称して「地球工学(ジオエンジニアリング)」と呼ばれている。かつては科学的にタブー視されていたが、コンピューター・シミュレーションをしたり、小規模な野外実験を提案したりする研究者の数が増えている。さらには、地球工学のテクノロジーが果たしうる役割について議論を始めている国会議員たちもいる(「気候変動の最終手段、『地球工学』の使用を誰が決断するのか?」参照)。

ところで、地球工学とはそもそも何なのか?

従来の地球工学には、大きく異なる2つの要素が含まれていた。1つは、大気中から二酸化炭素を回収することで大気中に蓄えられる熱の量を減らすことであり、もう1つは、より多くの太陽光を地球から反射させることでそもそもの熱の吸収を減らすことである。

前者は「炭素回収」または「ネガティブ・エミッション技術」として知られており、危険なレベルの温暖化を回避するために必要なこととして、今では学者たちも概ね認めている(「人類を救う『炭素回収』技術、挑み続けた開拓者の20年」参照)。しかし、この技術は多くの場合、もはや「地球工学」とは呼ばれていない。「太陽地球工学(ソーラー・ジオエンジニアリング)」として知られ、より物議を醸している後者と関係付けられるのを避けるためである。

太陽地球工学は、広範囲の対象を包括する用語である。その中には、宇宙空間に太陽光遮蔽板を設置するというアイデアや、大気中にさまざまな方法で微細な粒子を撒き散らして、沿岸の雲の反射率を高めたり熱を吸収する巻雲を消散させたり、成層圏で太陽光を散乱させたりするアイデアが含まれている。

地球工学という言葉は、地球規模のテクノロジーであることを示唆している。しかし、一部の研究者は局所的な方法でも地球工学の手法が実施できる可能性に注目し、サンゴ礁や沿岸のセコイア林氷床を守れるかもしれないさまざまな方法を模索している。

太陽地球工学のアイデアはどこから生まれたのか?

太陽地球工学は特に新しいアイデアではない。1965年にリンドン・ジョンソン大統領の科学諮問委員が、増加している温室効果ガス排出量を相殺するため、地球の反射率を高める必要があるかもしれないと警告し、海全体に反射性粒子を撒くことに至るまで提案した。気候変動の脅威に関するものとしては初となるこの大統領報告書では、書籍『How to Cool the Planet(地球の冷やし方)』(未邦訳)の著者ジェフ・グッデルが指摘するとおり、温室効果ガス排出量を削減するというアイデアには言及するだけの価値がないと思われていた。

太陽地球工学の中でも最もよく知られる形態は、成層圏に粒子を噴霧するというものであり、「成層圏噴射」と呼ばれたり、「成層圏エアロゾル散布」と呼ばれたりする(申し訳ないが、ここでは決まった名前を提案しない)。この方法が最もよく知られている理由の1つは、実現可能であることが自然界ですでに実証されているからだ。

4-panel Illustration of geoengineering
エヴァン・コーエン

最も有名なのは、1991年夏に約2000万トンの二酸化硫黄を上空に噴出した、フィリピンのピナツボ山の大規模な噴火である。成層圏に達した二酸化硫黄は、太陽光を宇宙に反射することにより、その後2年間にわたって地球の気温を約0.5℃押し下げることに寄与した。

正確なデータはないものの、遠い昔の巨大火山の噴火も、同じような効果があった。1815年にインドネシアのタンボラ山が噴火した後に起こった、1816年の「夏のない年」は有名である。この憂鬱な時期が、文学界で最も長く生き続ける2つの恐ろしい生き物、吸血鬼とフランケンシュタインの怪物が誕生するきっかけとなったのかもしれない

この火山現象を模倣することで気候変動を弱められる可能性を最初に提案したのは、ソビエトの気候学者ミハイル・ブディコであると一般的に考えられている。ブディコは1974年の著書で、成層圏で硫黄を燃焼させることの可能性を提起した。

その後、数十年にわたり、このコンセプトはあまり注目されることなく、研究論文や科学会議で時おり取り上げられる程度だった。しかし、2006年晩夏に、ノーベル賞を受賞した大気化学者パウル・クルッツェンが論文『気候変動(Climatic Change)』で地球工学の研究を呼びかけたことで注目を浴びることになる。この論文には特に大きな意味があった。クルーゼンは拡大するオゾンホールの危険性に関する研究でノーベル賞を受賞しており、オゾン層の破壊は二酸化硫黄による影響の1つとして知られているためだ。

つまり、クルッツェンは、地球工学が他の重大な危険性をもたらす可能性があると知ったうえで、気候変動の脅威の前には検討に値すると考えていたのだ。

では、地球工学が気候変動の解決策となり、化石燃料を削減する苦労を軽減する可能性はあるのだろうか?

答えは「ない」。しかし、そうなる可能性があるという考えが、一部のエネルギー企業経営者や共和党議員が地球工学に関心を示す理由になったことは間違いない。地球工学は、たとえ上手くいったとしても、せいぜい一時的な執行猶予を与えてくれるに過ぎない。

地球工学は、海洋の酸性化を筆頭とする他の気候危機や、限りある化石燃料の採掘と燃焼による重大な環境破壊には、ほとんど無力である。また、地球工学のレベルを上げるほど、気候システムに他の混乱が増加する可能性があるため、増え続けている有害物質排出の影響を相殺するためにどんどんやり続けることはできない。

地球工学はどのように研究されているのか?

ルッツェンの論文発表後の数年間で、地球工学に取り組む研究者は増加した。彼らは、主としてコンピューター・シミュレーションや小規模な室内実験により、効果の有無や、実施可能な方法、使用可な粒子の種類、環境に対する副作用などを調べた。

コンピューター・モデルによる研究結果は、地球工学が地球の気温上昇、海面上昇、気候に対するその他の特定の影響を軽減することを一貫して示している。しかし一部の研究では、特定の粒子を大量に使用すると、オゾン保護層にダメージを与えたり、世界的な降雨パターンを変化させたり、特定地域の作物の生育を低下させたりする可能性があることが分かった。

二酸化硫黄ではなく他の粒子を使い、地球工学の範囲を限定することで、それらのリスクを排除できないまでも低減できることを見い出した研究者たちもいる。

しかし、それらの問題の大部分について、最終的な答えにたどり着いたと考えている者は誰もいないだろう。地球工学の研究者たちは、それらの問題をより詳細に検討するためには、もっと多くのモデリング作業が必要だと考えている。シミュレーションでわかることは限られていることも明らかであり、一部の研究者たちは小規模な野外実験を提案している。

これまでに現実世界で地球工学の実験をした者はいるのか?

2009年のロシアの科学者たちによる実験が、野外での初めての地球工学実験であると考えられている。この実験では、ヘリコプターと自動車にエアロゾル発生装置が搭載され、200メートルの高さから粒子が噴霧された。科学者たちは『ロシアの気象学および水分学(Russian Meteorology and Hydrology)』誌に発表した論文で、この実験によって地表に届く太陽光の量が減少したと主張している(プーチン大統領の科学顧問で気候懐疑論者のユーリ・イズラエルがこの研究論文の筆頭著者であり、掲載誌の編集者も務めていたことは注目に値する)。

地球工学に関連していることを事前に公言した上で実験を実行する最初の試みの1つとして、SPICEプロジェクトが計画されたが、この実験は結局中止となった。同プロジェクトのアイデアは、高高度の気球にパイプで粒子を送り込み、そこから成層圏に散布するというものだった。しかしこの計画は、プロジェクトに携わる研究者の一部がこの技術に関する特許を申請していたという事実が明らかになったことを受け、世論の反発を招いた。

ハーバード大学の科学者たちは、これまでで最も正式なものとなる可能性のある、次の地球工学実験を提案している。プロペラとセンサーを搭載した気球を打ち上げ、成層圏にごく少量の炭酸カルシウム粒子を散布するというものだ。気球は同粒子を散布した後、粒子の噴煙の中を通って飛行し、粒子の拡散範囲や、他の気体との相互作用、反射率などの測定を試みる。研究チームはすでに資金調達や、諮問委員会の設置、気球会社との契約を終え、必要な装置の開発作業を開始している(「野外実験へ地球工学が一歩前進、ハーバード大諮問委員会の狙い」参照)。

一方で、ワシントン大学の研究チームは、ゼロックスのパロアルト研究所など他のグループと協力して、小規模な実験を提案している。これは、「海洋上の雲の白色化」の可能性についてより詳しく調べることを目的とする、より大規模な実験の一部として計画された。1990年に英国の物理学者ジョン・レイサムが最初に提案したアイデアは、海水から微小な塩の粒子を海上の低い雲に向けて噴霧すると、さらに多くの液滴が形成されて雲の表面積が増え、反射率が上がるというものだ。同チームは現在、資金を調達して「雲物理学研究装置」を開発し、米国太平洋岸のどこかで少量の海塩ミストを噴霧してテストすることを計画している。

ネイチャー誌によれば、地球工学の他の分野でもいくつかの初期的な取り組みがあり、その中には、外洋で実施されている12件以上のいわゆる鉄肥沃化実験も含まれる。そのコンセプトは、水中に鉄を投下することで植物プランクトンの成長を促し、大気中の二酸化炭素を吸収させるというものである。しかし科学者たちは、このコンセプトが実際のところ、どの程度機能するのか、そして海の生態系にどのような副作用を与える可能性があるのか、疑問に感じている。環境保護団体なども、地球工学分野の初期的な取り組みが適切な許可や科学的な監視なしに進められていると批判している。

地球工学を実際に実行しようとしている者はいるのか?

研究者たちは、これらの実験が実際の地球工学ではないことを強調している。地球の気温を変化させるには、関与している物質の量があまりにも少なすぎるのだ。ケムトレイル陰謀論者たちはネット上で無数のさまざまな陰謀説を拡散しているが、実際のところ、地球的規模で地球工学を実行している者は現時点で誰もいない。

少なくとも、意図的に実行している者はいない。大量の化石燃料を燃やすことは、不用意で非常にばかげた行為ではあるが、地球工学の一種であると主張できるかもしれない。また、石炭火力発電所や船舶から出る硫黄汚染物質が、地球の気温を低下させた可能性が高いこともわかっている。事実、船舶の硫黄排出量を減らすように求める国連の新しい規則は、実際に気温をわずかながら上昇させるかもしれない(「船舶燃料の2020年規制で 新たな温暖化のリスクが浮上」参照)。

また、米国や中国などには、雲に粒子をまいて降雪量や降雨量を増やすという、長くて豊かな取り組みの歴史がある(「Weather Engineering in China(中国の気象工学)」参照)。しかし、その結果はさまざまであり、局所的な気象改変と、気候システム全体を制御しようとする試みとの間には、大きな違いがある。

地球工学は物議を醸していないのか?

地球工学は非常に物議を醸している。実施や研究、さらには議論することについてさえ、現実に懸念が存在する。

批判派は、気候変動に対する技術的な「解決策」の可能性(上記で説明した通り、解決策ではない)について公然と語ることで、問題の根本原因である温室効果ガス排出量増加への対処に対する圧力を弱めることになると主張している。また、野外実験を進めることは、一歩間違うと転げ落ちてしまう滑りやすい坂道のような危険性があると考える者もいる。より大規模な実験をしたくなり、集合的な意思決定なしで、実質的に地球工学を実行することになりかねないからだ。

国家という枠を超えるテクノロジーは、克服できないものではないとしても、複雑な地政学的問題を突きつける。このような取り組みを進めるかどうかを、誰が判断し、誰が発言権を持つべきなのか?目指すべき世界の平均気温は、さまざまな国にまったく異なる方法で影響を与えることになるため、どのようにして1つに決定するのか?そして、もし1つに決められなかったり、そもそもこのテクノロジーを展開するべきかどうかのコンセンサスを得られなかったりした場合、大規模な気候災害が増加する中で、どこかの国や個人がとにかく実施することになるのか?もし実施した場合に、紛争や、さらには戦争の火種になる可能性はないだろうか?

一部には、気候のような複雑なシステムに手を加えることは、神のまね事をするようなものだという意見がある。あるいは、ある汚染物質を別の汚染物質で相殺したり、技術主義の失敗を技術主義の解決策で修正しようとしたりするのは、単に愚かなことだと言う者もいる。

最終的かつ議論の余地がない懸念は、モデリングや実験で分かることは限られるということだ。地球工学がどれくらい有効に機能し、どのような結果になるかは、実際に試してみるまでは本当に分からない。実際にやってみた時点で、全員がその結果を受け入れるしかないのである。

では、なぜ地球工学を検討する者がいるのか?

自分のことを地球工学の擁護者だと言う真面目な人はほとんどいないだろう。

地球工学を研究する科学者たちはためらいを公言し、地球工学が気候変動に対する最良の解決策ではないことを率直に認めている。しかし、一方で、今後数十年にわたって温室効果ガスを排出することになる発電所や自動車や都市を作り続けていることで、危険なレベルの温暖化や異常気象が社会に定着しつつあることを心配している。そのため、非常に多くの生命や種、生態系を救う可能性のある方法を模索しないのは無責任であると言う学者が増えている。ただし、その方法が、排出量を削減するための懸命な取り組みと並行して利用される限りにおいての話だが。

そう、地球工学は危険だと言われている。しかし、何と比べて危険なのか?気候変動を原因とする飢饉、洪水、火災、種の絶滅、移住がすでに起こり始めているというのに、それよりも危険なことなのだろうか?それらの影響が悪化するにつれ、一般市民も政治家たちも、地球の大気全体に手を加えることは、犯す価値のあるリスクであると考えるようになるかもしれない。

この記事の初出は2019年8月に米国版に掲載されました。記載されている情報は掲載当時のものです。

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ジェームス・テンプル [James Temple]米国版 エネルギー担当上級編集者
MITテクノロジーレビュー[米国版]のエネルギー担当上級編集者です。特に再生可能エネルギーと気候変動に対処するテクノロジーの取材に取り組んでいます。前職ではバージ(The Verge)の上級ディレクターを務めており、それ以前はリコード(Recode)の編集長代理、サンフランシスコ・クロニクル紙のコラムニストでした。エネルギーや気候変動の記事を書いていないときは、よく犬の散歩かカリフォルニアの景色をビデオ撮影しています。
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