KADOKAWA Technology Review
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発明家
Lan Truong
35歳未満のイノベーター35人 2021発明家
光学チップ、より優れた遺伝子編集、皮膚のような電子機器を実現する道筋を示す。

Ryan Babbush ライアン・バブッシュ (32)

所属: グーグル

量子シミュレーション・アルゴリズムを効率化する方法を提示し、実際に量子コンピューターを使って、ある酵素が窒素からアンモニアを生成するメカニズムの一端を解明した。

分子は複雑だ。太陽を中心に軌道を描く惑星のように電子が原子核のまわりを周回する、中学校で習った単純な図は忘れよう。電子はたくさんの原子核に共有され、電子と電子の間にも量子力学の方程式で表現される相互作用がある。こうした複雑な相互作用は、電子の数が増えれば指数関数的に増加する。これらが化学反応を司り、分子の特性の大部分を定める。

電子の挙動を完璧な正確さでシミュレーションするには、従来のコンピューターの演算能力では何百万年もかかってしまう。しかし、量子コンピューター上のアルゴリズムなら、電子の振る舞いの正確な計算を数日か、場合によっては数時間で完了できる。こうしたシミュレーションによって、望ましい特性を備えた分子を正確にデザインし、驚くべき精密さで反応を制御するための手がかりが得られるようになるだろう。

十分に正確な量子シミュレーションが実現すれば、化学者はさまざまな新しい化合物を作りだせるようになる。高性能な高温超伝導体、窒素や二酸化炭素を大気中から除去する触媒、新薬、より効率的な太陽電池、飛行機の機体に使える頑丈で軽量な素材などが挙げられる。新たな物質がどのような挙動を示すかを、実際に合成しなくても、手っ取り早く把握できるようになることで、材料科学の新時代が幕を開けるかもしれない。

2014年から2020年にかけてIBMのライアン・バブッシュ博士は、グーグルなどの共同研究者とともに数十本の論文を発表し、量子シミュレーション・アルゴリズムを劇的に効率化する方法の概要を提示した。要は、量子シミュレーション計算の一部は原理的に、十分に強力な量子コンピューターさえあれば、数時間で終わらせられるということだ。

酵素の一種であるニトロゲナーゼを例にとろう。一部の細菌はこの酵素を利用して、空気中から窒素を除去し、窒素と水素からなる化合物であるアンモニアを作りだす。窒素固定と呼ばれるこのプロセスは農業になくてはならないものであり、窒素肥料が世界の食料システムの要となっているのはそのためだ。ニトロゲナーゼは大きな分子で、フェロモリブデン補因子(FeMoco)と呼ばれる活性部位を持つ。

現時点では、肥料のほとんどはハーバー・ボッシュ法と呼ばれるプロセスで製造されているが、このプロセスには大量のエネルギーが必要で、全人類の総エネルギー使用量の約2%を占める。「ニトロゲナーゼがどうやってアンモニアを作っているかを解明できれば、工業的な肥料生産の代替手段を開発し、大規模化して、莫大なエネルギーを節約できるかもしれません」とバブッシュ博士は言う。

バブッシュ博士は共同研究者たちとともに、量子コンピューターを使ってFeMocoを分析し、ニトロゲナーゼが最初に窒素ガスの中の窒素原子間の結合を切断するメカニズムや、そのあとに窒素と水素を結合させるメカニズムの一端を解明した(競合する別のアプローチとして、従来のコンピューターを利用しつつ、分子シミュレーションに適切な近似値を導入する方法もあり、こちらの方が先に目標を達成する可能性があることは、バブッシュ博士も認めている)。

バブッシュ博士が取り組む別の研究により、金属や結晶の中の電子の挙動を量子コンピューターで計算する方法の開発にも進歩がみられた。この手法の応用可能性としては、より優れた超伝導体を探したり、太陽電池を効率化したりすることが考えられる。こうした物質の内部では、原子の反復パターンにより、自由電子が非常に複雑な挙動を示す。バブッシュ博士は、量子コンピューターを使ってこうした相互作用を解明する方法を模索している。

量子コンピューターが私たちの物質世界を再構築する日が来るとしたら、バブッシュ博士はその立役者の一人となるだろう。

(Siobhan Roberts)

 

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