何百万年もの進化の過程で磨き上げられてきた酵素によって、植物はいともたやすく水を酸素と水素に分解し、代謝反応を促進する。人類も、水素を燃料として、あるいは断続的な再生可能エネルギー源から得たエネルギーの保存手段として利用できるだろう。だが人類は植物と違って、実用的な触媒を見つけ出すのに何百万年も時間をかけるわけにはいかない。
アレクサンドラ・ボイボディクは、水の分解等の化学反応に使う新しい触媒をスーパー・コンピューターで設計している。ボイボディクの仕事のおおもとにあるアイデアは、本人によれば「自然の試行錯誤の過程をなくすこと」であり、化学実験室でも、試行錯誤の必要をなくそうとしているのだ。
ボイボディクの仕事のおおもとにあるアイデアは「自然の試行錯誤の過程をなくすこと」であり、化学実験室でも、試行錯誤の必要をなくそうとしている
水の分解には水素を作り出すためと酸素を作りだすための2種類の触媒が必要だ。「効率のよい触媒は、往々にして手に入りにくかったり、高価だったりします」とボイボディクはいう。コンピューター科学が参入するのはこの領域だ。触媒の振る舞いを予測するために、ボイボディクは量子力学の法則を使って、ある材料の機能を構造と関係づけるコンピューター・モデルを作成する。化学者には触媒に必要な機能がわかっており、その機能を果たしうるさまざまな原子と分子構造があることもわかっている。ボイボディクのコンピューターによる実験(SLAC国立加速器研究所)で生み出された触媒は、高価な材料で作られた既存の触媒に匹敵するか、より高い効率を示した。
研究者は何年にもわたり、高性能のコンピューターでより良い触媒を開発しようとして、さまざまな成果を上げてきた。だが現代のスーパー・コンピューターは、今やかつてないほどに複雑な計算を処理できる。さらにボイボディクには、コンピューティングの力を十二分に引き出せるたぐいまれな才能があるのだ。 電子物性、化学構造、ナノ構造、その他の物性を計算式で表現する新しい方法を見つけ出し、それを実行するプログラムが書ける。実験の専門家と協力して、ボイボディクは最近、コンピューター・モデルが存在を予言していた、水の分解のための非常に効率の良い触媒を作り出した。研究者は現在、窒素などの豊富な分子を有用な化学物質に変える機能があるなら、他の触媒にも目をつけているところだ。
(キャサリン ブルザック)
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著者 | MIT Technology Review編集部 [MIT Technology Review Editors] |